大人の遠足

近代日本経済の父、渋沢栄一の生誕地 埼玉・深谷市 故郷愛した明治の巨人しのぶ

【大人の遠足】近代日本経済の父、渋沢栄一の生誕地 埼玉・深谷市 故郷愛した明治の巨人しのぶ
【大人の遠足】近代日本経済の父、渋沢栄一の生誕地 埼玉・深谷市 故郷愛した明治の巨人しのぶ
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NHK連続テレビ小説「あさが来た」で、主人公に大きな影響を与えた人物として登場した近代日本経済の父、渋沢栄一。深谷市が生誕地と聞き、訪ねてみた。そこには教科書に載る歴史上の偉人ではなく、今も地元の人に敬われる人間渋沢が息づいていた。

近代日本の礎築く

JR深谷駅の前には渋沢の雅号を冠した青淵広場があり、渋沢の座像が出迎えてくれる。地元の人によると、毎年11月11日の命日の前に地元企業の社員らが1年の汚れを落とし、命日には多くの市民らが献花に訪れるという。

渋沢は江戸後期の天保11(1840)年、現在の同市血洗島の富農の家に生まれた。富岡製糸場(群馬県富岡市)の初代場長を務めた10歳上のいとこ、尾高惇忠に学問を学び、24歳ごろ京都に出立。後の徳川15代将軍、一橋慶喜に仕官した。

慶応3(1867)年、慶喜の弟、徳川昭武の欧州派遣に随行。最先端の知識を吸収し、静岡で現在の株式会社の元になる組織を設立。手腕を買われ、明治政府に出仕後、野に下り、第一国立銀行など500余の企業設立、600以上の社会福祉事業に関わった。昭和6(1931)年、91歳で永眠。

最初に、生涯の事績が紹介されている渋沢栄一記念館へ。設置された等身大のパネルの小ささに驚くと、同館学芸員の馬場裕子さんが渋沢の身長は155センチに満たないと教えてくれた。背比べをし、渋沢ゆかりの青い目の人形などが並ぶ資料室に入ると、古めかしい獅子舞用の3頭の獅子が目に入ってきた。

渋沢家は代々、地元の諏訪神社の祭礼で奉納される獅子舞の雄獅子を踊る家柄で、渋沢も子供の頃から踊っていた。展示された獅子はいかにも古く、渋沢が使ったものかもしれない。そばに掲示された写真には、獅子舞を見学する晩年の渋沢が写っていた。

5メートルの巨像も

2階に上がると、渋沢の肉声コーナーがあった。大正12年、自身が唱えた「道徳経済合一説」を語る83歳ごろの渋沢の声が約4分間流れる。原稿を読んでいるのだろうか、一語一語はっきりとした口調で語る声が胸にしみてくる。

「みんなの幸せを大事に考えた人。深谷はネギだけでなく、渋沢栄一みたいなすごい人がいたんです」と力を込めた資料室の解説員、塚田允さん(75)が次に案内してくれたのは、館の裏側。そこには明治の巨人にふさわしい高さ約5メートルの巨大な立像。右手に論語を持ち、はるか赤城山や榛名山を見据えていた。

記念館に近い渋沢の生誕地には、焼失した生家に代わり妹夫婦が明治28(1895)年に再建した旧渋沢邸「中の家(なかんち)」がある。典型的な養蚕農家の形を残し、4つの土蔵がある。渋沢も諏訪神社の祭礼に合わせてしばしば帰郷し宿泊したという。

渋沢が師事した尾高惇忠生家、渋沢の喜寿祝いに第一銀行の行員たちが出資して建てた国指定重要文化財「誠之堂」など、市内にはゆかりの施設が多いが、見学は車での移動が便利だ。

(さいたま総局 石井豊、写真も)

渋沢栄一記念館

埼玉県深谷市下手計1204。入館無料。午前9時〜午後5時。休館日は年末年始と全館清掃日。JR高崎線深谷駅からバスで約30分。タクシーでJR深谷駅、岡部駅から約16分。関越自動車道本庄児玉ICから約30分。【問】同館(電)048・587・1100。

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