Ryuichi Sakamoto Diary vol.11: Event Report “Tohoku Youth Orchestra”

教授動静 第11回──坂本龍一と東北ユースオーケストラ

“教授“こと坂本龍一の動向を追うライター・編集者の吉村栄一による「教授動静」。第11回は、教授が音楽監督を務める、子供たちによるオーケストラ公演の詳細レポートをお届けする。(この連載は、毎月末に更新します。お楽しみに!) 文・吉村栄一 写真・丸尾隆一、田中宏和、吉村栄一
教授動静 第11回──坂本龍一と東北ユースオーケストラ
盛岡公演のゲストとして「東北詩」を朗読したのん。

子供たちの熱量
東北ユースオーケストラ(http://tohoku-youth-orchestra.org)は、2013年秋に宮城県松島町にて開催された東北と世界をつなぐ音楽祭「Lucerne Festival ARK NOVA 松島2013」をきっかけに、2011年の東日本大震災の被災3県(岩手県、宮城県、福島県)の子供たちで編成されたオーケストラだ。初公演は2016年。音楽監督を坂本龍一が務めている。

坂本龍一が東北ユースオーケストラの練習のために盛岡入りした3月27日は、昼の気温こそ14度まで上がったものの、夜半に行くにしたがって空気の冷たさが増し、ついには雪も散らつく天候となった。もうすっかり春の気配だった東京とは大違いだ。

それでも、練習会場の(本番の会場でもある)岩手県盛岡市民ホール内は、東北ユースオーケストラの若い団員たちの熱ですっかりあたたまっていた。

音楽監督の教授、指揮の栁澤寿男の手取り足取りの指導。和気あいあいとした雰囲気のなか、1回練習するごとに演奏は確実にうまくなり、ますます熱がこもっていく(教授は並行して、自身が担当するピアノや全体の音響についても、PAの近藤健一朗や録音のオノセイゲンらとチェックを進めていく)。

体育会的なスパルタ指導ではなく、若者たちの個性を尊重しながら楽しくオーケストラの調和を作り上げていく大人ふたり。子供たちは練習中こそ張りつめた表情を見せるものの、休憩時間や食事時間にはわいわいと賑やかにすさまじい食欲を発揮するなど、若者が本来持つ伸びやかで明るい空気が会場を満たしていた。

ときに、ニューヨークから来た教授なじみのカイロプラクターの仲野先生による体操、ストレッチの時間(昨年に引き続き2回目)や、団員の研究発表などの時間を挟みながら、練習の3日間はあっという間に過ぎた。楽屋のホワイトボードに団員たち自身が書き入れる「本番まであと×時間」の数字はどんどん減っていく。

刻々と迫る開演時間までの時間を告げるホワイトボード。焦る!
東北ユースオーケストラ、3月28日のディナーメニュー。
司会の渡辺真理さん差し入れの東北ユースオーケストラどら焼き。
ニューヨークから来た仲野先生によるストレッチ講座。
ピアノの音の反響を調整中の教授と近藤さん、オノさん。

音を揃えないオーケストラ
そんな東北ユースオーケストラの今年の演奏曲は次のとおり。
・「Blu」(作:坂本龍一
・「Still Life」(作:坂本龍一)に乗せて<朗読詩>
・「くぐいの空」(作:仁科彩)
・「Three TOHOKU Songs」(編曲:藤倉大)
・「交響曲第2番」(作:ブラームス)
・「戦場のメリークリスマス」(作:坂本龍一)アンコール
・「エチュード」(作:坂本龍一)

「Blu」は2014年に坂本龍一が「洋服の青山」のCMのために作曲したオーケストラ曲。これまで、同年に開催された「Playing The Orchestra」ツアーのみでしか演奏されていない作品である。

「Still Life」は、教授の2009年のアルバム『out of noise』収録曲で、“静物”の意のタイトル。アルバムではイギリスの古楽器演奏グループ“フレットワーク”とともに演奏された。

今回の東北ユースオーケストラの公演では、東北にゆかりの詩人が書いた5篇の詩を朗読者(盛岡公演が女優ののん、東京公演が吉永小百合)が読み上げ、オーケストラがこの「Still Life」をバックで演奏するという趣向になった。

おもしろいのは、この曲は教授の指揮で、各演奏者が自分の好きなテンポでそれぞれのパートを演奏すること。当然、各奏者のテンポはバラバラになり、音も揃わない。

教授は2018年のアルバム『async』の音楽で顕著だったように、近年、「音のズレ」を音響的なおもしろさを追求する手法のひとつとして積極的に活用している。『async』においては、各トラックのテンポが偶然にせよ絶対に合うことのないよう乱数表まで駆使しているのだ。

盛岡での「Still Life」練習中、教授が何度も団員に念を押していたのが「何人かで演奏していると、人間はつい他の人に合せようとしてしまうが、がんばって、あくまで自分のテンポで」「自分のテンポで演奏していると、早いテンポの人は早く演奏が終わり、遅いテンポの人は取り残されて恥ずかしいと思うかもしれない。でも、それも気にしないで!」ということだった。

人間や自然が持つ多様なリズムやテンポを人工的に揃えないというのは、2011年3月11日の東日本大震災の津波による被災によって、調律が狂い、音が欠けたピアノをインスタレーション作品『IS YOUR TIME』に使用した坂本龍一らしい考え方だ。教授は、自宅にあるピアノのうち1台を「調律が狂うということはピアノが自然に回帰していくことだ」と、あえて調律しないままにしている。

この「Still Life」に乗せられる東北ゆかりの詩は、石川啄木の「飛行機」、宮沢賢治の「一〇〇四[今日は一日あかるくにぎやかな雪降りです]」、葛西美枝子の「旅」、長田弘の「おおきな木」、和合亮一の「風に」。

東北の詩人、東北にゆかりのある詩ということで、教授と朗読者の吉永小百合のふたりで協議してセレクションしたとのことだ。

刻々と迫る開演時間までの時間を告げるホワイトボード。焦る!

また、「くぐいの空」は東北ユースオーケストラ初の委嘱作品だ。作者の仁科彩は宮城県仙台市出身の作曲家。今回、教授より「東北ユースオーケストラにふさわしい北の曲、北の音がほしい」という依頼があり、仙台育ちの自身の原風景であるところの、毎冬に東北に飛来するくぐい(白鳥の古語)をテーマにした本作を書き下ろした。

「Three TOHOKU Songs」は教授と旧知の仲で、東北ユースオーケストラでも作曲のワークショップを行なうなどゆかりの深い、英国在住の現代音楽作曲家・藤倉大の作品だ。2017年に東北3県の民謡「大漁唄い込み」(宮城県)「南部よしゃれ」(岩手県)「相馬盆唄」(福島県)をオーケストラ曲に編曲したもので、それ以来、東北ユースオーケストラの定番演奏曲となっている。

本編最後となるブラームスの「交響曲第2番」は、1877年に作曲された明るい交響曲。もともとは、東北ユースオーケストラらしい北のイメージの演奏曲はなにかを考えていた教授が、北といえばドイツ北部出身で、作品にも北の風土の趣があるブラームスの作品はどうかと思いついたことから。ただし、最終的にはブラームスの作品の中でも、例外的に温かく多幸感のある、この通称「田園交響曲」の第2番を選曲したという。本人が団員に説明したところによると「最初に好きになったブラームスの交響曲だから」とのこと。

アンコールの「戦場のメリークリスマス」は、これまでにも定期的に演奏されてきた。坂本龍一を題材にしたドキュメンタリー映画『CODA』(2017年:スティーヴン・ノムラ・シブル監督)の中では、仮設住宅に暮らす東日本大震災被災者のための慰問演奏として、凍える冬の体育館でこの曲が演奏されるシーンが印象的だった。

「エチュード」は東北ユースオーケストラの前身でもある「こどもの音楽再生基金」のときからラストを締める定番曲。ウィーン・フィルの“ニュー・イヤー・コンサート”における「ラデツキー行進曲」のような、オーケストラと観客が手拍子で一体となれる曲だ。オリジナルは坂本龍一の1984年のアルバム『音楽図鑑』の収録曲で、東北ユースオーケストラの演奏のために、現在、世界から注目されている気鋭のジャズ作曲家/編曲家の狭間美穂がアレンジしている。

盛岡公演のゲストとして「東北詩」を朗読したのん。
ステージ袖で教授と記念写真!
盛岡での本番前日最終リハーサルで団員と事務局田中さんと談笑。
盛岡公演終了直後のバックステージ。

のんと吉永小百合の登場!
公演本番となった3月30日は、開演前の好天が嘘のように、コンサートが終わった頃には本格的な雪。最高気温6度、最低気温1度の厳しい寒さとなったが、場内には関係がない。

この初日、開場前には当日券を求める長い列ができ、結果的に会場は満席となった。地元のお客さんが多く、ところどころで挟まれる団員たちの自己紹介では、出身県が紹介されるたびに自分たちの子供や孫を見守るような温かいまなざしが送られる。

「Still Life」と朗読詩で、女優ののんが登場したときの反応も熱かった。

岩手県の久慈市が重要な舞台となった人気ドラマ『あまちゃん』の主演者だったのんは、この日の2週間前には、ドラマでも大きな役割を果たした三陸鉄道リアス線の全線復旧のイベントに合わせて岩手に来県したばかり。司会の渡辺真理とのやりとりでそのことに触れ、岩手県を第2の故郷のように感じているという発言も出て、会場からは大きな拍手が湧き起こった。

そして、東北の民謡3曲を編曲した「Three TOHOKU Songs」への反応はやはり別格というほかはない。団員と一緒に歌い、手をたたき、涙を流している老人たちの姿もそここに見られた。東日本大震災からまだ8年。その胸に去来する思いはどのようなものだったのだろう。

終演後、雪の降るなか、東北ユースオーケストラの一行はすぐさま東京への移動を開始した。

あけて3月31日、東京初台のオペラシティ武満徹メモリアル・ホール。東北ユースオーケストラの東京でのコンサートといえばここだ。

満員の客席には、毎年必ず訪れるという常連のお客さんも多い。開演前のロビーでの小編成の演奏も大勢の観客が見守っている。楽団員にとってもアウェイの感覚はまったくないだろう。

演奏曲は前日の盛岡公演と同じだが、この日の東北詩の朗読は吉永小百合。吉永小百合は盛岡での練習日に、わざわざ東京から盛岡までそのためだけに駆けつけて合同リハーサルを行なっていただけに、息もぴったりだ(というと、ズレを意識した演奏での朗読だけに語弊があるかもしれないが……)。

本番、アンコールともに例年以上の盛り上がりとなって、この2019年春の東北ユースオーケストラの定期演奏会は無事終了!

東京公演のゲストとして登場した吉永小百合。
今年も温かい声援と拍手で迎えられた東京公演。

東北ユースオーケストラのこれから
ところで、この東京公演中に発表されたのが、来年の計画だ。司会の渡辺真理と教授のやりとりの中で、ずっと懸案だった東北ユースオーケストラのためのオリジナル曲を来年には完成させて演奏すること、そして来年の3月末の定期演奏会は東京とあわせて福島で行うということが明かされた。

東北ユースオーケストラ3年ぶりとなる来年の福島公演は、東日本大震災で大きな被害を受けた福島県、宮城県、岩手県の3県の出身の若者たちで結成された同オーケストラの結成5周年を記念した演奏会となる。

さらに、2011年の東日本大震災の後も日本全国で大きな災害が発生しており、その被災地の地域の一般の音楽家、演奏家とも連帯を計りたいという。

具体的には、2016年の熊本地震、2018年の西日本豪雨、北海道胆振東部地震の被災者と連携し、福島とそれら被災地を結び、日本では年末に合唱されることも多いベートーヴェンの交響曲第九番を東北ユースオーケストラが演奏し、被災地からの合唱と共演するというプランとなるようだ。

充実した2019年の岩手、東京公演が終わっても、東北ユースオーケストラにはもうひとつ大仕事が残っていた。テレビ朝日の長寿音楽番組『題名のない音楽会』への出演だ。しかも2週連続の放送となるという。

東京公演の翌日の4月1日、場所は初台のオペラシティ・武満徹メモリアル・ホールで『題名のない音楽会』の収録が行われた。

昨日のコンサートと場所が同じで、メンバーも指揮者も同じ。ちがうのは観客が招待客であるということと、テレビ収録のためライティングが明るいこと。そして、東北ユースオーケストラの例年のレパートリーでありながら、2019年の公演では披露されなかった坂本龍一の映画音楽における代表曲のひとつ「ラストエンペラー」を演奏すること。コンサートでは演奏されなかったものの、盛岡でのリハーサル、合同練習会ではしっかりとおさらいずみだ。

この『題名のない音楽会』は5月4日、翌週5月11日に2週連続で放映される(地域によって放送時間が異なるので番組ホームページで確認を)。

現在発表されている放送予定では、5月4日が「坂本龍一が手がける東北ユースオーケストラの音楽会」と題して「戦場のメリークリスマス」「ラストエンペラー」「エチュード」の3曲を披露する。

翌週5月11日には「東北を奏でる音楽会」として、吉永小百合が朗読する「東北の詩」、藤倉大編曲の「Three TOHOKU Songs」、仁科彩作曲の「くぐいの空」の演奏が放映される予定だ。

「エナジー風呂」好評配信中!

「エナジー風呂」の発表
こうして東北ユースオーケストラの春の活動は終了したが、このゴールデンウィーク突入直前に電撃公開されたのが、U-zhaan & Ryuichi Sakamoto feat. 環ROY×鎮座DOPENESS名義によるシングル「エナジー風呂」だ。

2018年9月、坂本龍一の大ヒット曲である「energy flow」に、親交の深いタブラ奏者のU-zhaanがアレンジを加え「energy flow – rework」として新解釈した音源がリリースされた。このアレンジは教授にも好評だったが、U-zhaanはさらなる野望を抱いており、このヴァージョンにさらにラップを加えたいとラッパーの環ROYと鎮座DOPENESSを招聘した。ラジオ番組の企画のなかで彼らは教授と共演し、ラップ入りヴァージョンを披露したがこちらも大好評。このラップ・ヴァージョンをあらためてアップ・デートし完成させたのがこの「エナジー風呂」だ。

4月26日という「よい風呂の日」に公開するために、都内某所の銭湯でミュージック・ヴィデオの撮影も行われた。

このヴィデオにも教授は参加しており、演奏シーンだけでなく、シンプルながらも演技を披露した。教授の演技が入ったミュージック・ヴィデオはいったい何年(何十年?)ぶりだろうか。

ちなみにその演技のひとつ、風呂上がりに碁を打つシーンについて。U-zhaanのツイートによると、当初は将棋を指すという彼からの提案だったが、「将棋はよく知らない」という教授の意向で碁になったとのこと。U-zhaanはいそいで碁の勉強をして撮影に臨んだが、じつは教授は碁もよく知らなかったという……。

次回は、さらに多忙となっていく教授の最新の動向をお伝えします!