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千代の山は「裏切り者!」と罵声を浴び、私と松前山は大声で泣いた…“九重親方独立”の長い1日【北の富士コラム】

2020年5月31日 22時50分

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出羽海部屋から移った力士に囲まれ大満悦の九重親方(元横綱・千代の山)と夫人。親方の右が北の富士、左は松前山

出羽海部屋から移った力士に囲まれ大満悦の九重親方(元横綱・千代の山)と夫人。親方の右が北の富士、左は松前山

  • 出羽海部屋から移った力士に囲まれ大満悦の九重親方(元横綱・千代の山)と夫人。親方の右が北の富士、左は松前山
  • 「分裂を認めることは認めよう。だが一門ではない」と言い渡す出羽海親方(左)。「分かりました」と頭を下げる九重親方

◇コラム はやわざ御免 北の富士場所9日目


 北の富士場所も9日目です。それにしても北の富士場所とはどなたのアイデアですか? 2日目の1面の見出しを見た八角部屋の若い力士たちは、北の富士が花札賭博で捕まったと、大騒ぎになったようです。
 それでは昨日に続きます。幸運とも思える大関昇進でしたが、次の場所から2場所、10勝5敗が続きました。立派な成績とは言えませんが、2桁の勝ち星は大関としても何とか及第点はつけられたと思っています。
 1966(昭和41)年九州場所と、巡業を終え帰京したころから、千代の山の九重親方から、食事の誘いが続きました。2人きりの時もあり、お客さんも同席することもあります。次第に、いつもは快活な親方に元気がなくなってきました。会う回数も多くなったり、なぜか報道陣らしき車に尾行され始めたのです。
 場所はどこだったか忘れましたが、親方に呼び出され、2人だけで会いました。そしてこう切り出されたのです。「おれは部屋を出て独立したいのだが、北の富士次第。もしそれが駄目なら、おれはこの世界から身を引く」。驚きより目の前が真っ暗になり、思考が止まりました。
 「考えさせてください」と言うのが精いっぱいで、即答できるはずもありません。確かに私は千代の山関を頼って入門しました。しかし弱い私を大関にまで育ててくれたのは、紛れもなく出羽海部屋です。特に出羽海親方(元幕内出羽ノ花)、おかみさんにはひとかたならぬ愛情を注いでいただき、私にとっては大恩人。部屋を出ることは裏切ること。しかし、千代の山関が存在しなければ、相撲界に入ることがなかったのも事実です。
 悩み抜いて出した結果は「九重親方についていく」でした。私の他にも千代の山関を頼って入門した力士は10人ほどいました。全員が北海道出身で郷土の英雄、千代の山関に憧れてやってきた若者です。幕内の松前山と禊鳳(みそぎどり)。合わせて10人以上が千代の山関と行動を共にするという話はいつの間にか、ついていたようです。松前山だけは私と同意見で散々迷いましたが、松前山も北の富士が行くならと、千代の山派にくみしたのです。しかし、こういう話は必ず漏れるもの。次第に部屋の者も感づき、報道もそれらしいことを書き始めました。
 われわれの決行は67(昭和42)年初場所後と決まりました。そのころは面と向かって裏切り者呼ばわりする関取や親方たちも出てきました。いたたまれない気持ちで何とか初場所が終わりました。最悪の体調でしたが10勝5敗。今考えるとよく勝てたものです。そしてついにその日が来たのです。
 出羽海部屋の大広間に一門の親方と全関取が集まりました。そこに九重親方が呼び出されました。私と松前山は近くの小部屋で待機しましたが、声は聞こえます。出羽海親方が「今、九重から独立の申し入れがあったが、一門には常陸山(元横綱)の独立許さじの不文律があり、そもそも自分が連れてきたからといっても、弟子が強くなったから行くとは人道的に許されるものではない。若い力士の将来があるので、本来は首でもおかしくはないが、破門ということで独立を許す」。だいたいはこのような話だったと聞いてます。
 「千代の山この野郎!」「裏切り者!」。この罵声に九重親方は正座をして「寛大な処分、ありがとうございます」と深々と頭を下げていました。私と松前山は2人で出羽海親方にお別れのあいさつに行きましたが、会えませんでした。おかみさんから「親方はおまえたちのことは怒ってはいないから、どこに行っても頑張りなさい」と優しく励ましていただきました。私と松前山は大声で泣きました。
 外に出て10年間お世話になった出羽海の看板に別れを告げ、二度と来ることもない部屋を後にしたのです。それでもいつかは破門が解け、戻れることを願ってもいました。こうして私の一番長い日が終わったのです。今思い出しても目頭が熱くなります。お世話になった親方夫妻と佐田の山関は今はいません。さびしいです。(元横綱)
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