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競走馬から乗用馬へリトレーニング…引退馬のセカンドキャリア支援の現場に小泉恵未さんが迫る【競馬】

2022年8月13日 06時00分

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小泉さん(右)のインタビューに応えた「サラブリトレーニング・ジャパン」の矢野さん(左)と宮田さん

小泉さん(右)のインタビューに応えた「サラブリトレーニング・ジャパン」の矢野さん(左)と宮田さん

  • 小泉さん(右)のインタビューに応えた「サラブリトレーニング・ジャパン」の矢野さん(左)と宮田さん
  • リトレーニングに向かう引退馬と宮田さん
  • リトレーニングしているアプルーヴァル(左)とレジーフレックス
  • リトレーニングされた馬も参加している愛媛県今治市の神事、お供馬の走り込み(NPO法人菊馬会提供)
  • ロープの動きや手の動きを使って、引退馬のリトレーニングを体験する小泉さん
  • リトレーニングの様子。別の馬が自分の左側にいることを嫌がる馬に蹴るのはダメだと教えている
◇企画「競馬の話をしよう。」
 競馬の世界を掘り下げる企画「競馬の話をしよう。」。今回は引退馬のその後について考える。岡山県吉備中央町に事務所がある「サラブリトレーニング・ジャパン」は競走馬を乗用馬などにリトレーニング(再調教)する認定NPO法人。自ら乗馬をするなど馬に親しみ、フリーアナウンサーとして国内外の競馬を取材してきた小泉恵未さんが同法人のホースクリニシャンである宮田朋典さん(51)と、事務局長の矢野孝市郎さん(48)に携わってきた思いや、再調教の方法などを聞いた。
       ◇     ◇

再調教専門の認定NPO法人「サラブリトレーニング・ジャパン」

 馬のリトレーニング専門で行う「認定NPO法人サラブリトレーニング・ジャパン」は、2016年7月に立ち上げて今年で7年目。角居勝彦元調教師が発起人となって引退馬の支援をしている「サンクスホースプラットフォーム」の一環で、ふるさと納税などを活用して運営しています。現在、岡山乗馬倶楽部に委託してリトレーニングしている引退馬は11頭。レースで結果を残せなかった馬たちが、次のキャリアに進めるような取り組みを行っています。
 ―まず、お2人は馬に携わる仕事だけでなく、宮田さんは看護師の経験があり、矢野さんは介護福祉士を取得しているそうですね
 矢野さん「そうですね。僕が馬主協会を辞めて、介護の勉強をし始めた時に角居先生に声をかけられて。福祉や医療の知識は、いつかこの仕事でも必ず役立つから、取得後に来てほしいと言われて。いったんグループホームに就職してから、ここの事務局長になりました」
 宮田さん「僕はアメリカで馬の心理学を学びました。でも看護師の経験と合気道が、今の馬との会話の原点です」
 矢野さん「宮田さんも僕も、年間5000頭にも及ぶ引退馬を、一頭でも救いたいという思いは強いです。中央競馬では未勝利戦がなくなる9月までに、一気に3歳未勝利馬が引退します。地方競馬が受け皿になりますが、地方でも難しい馬は行き場がなくなる。乗馬クラブで引き取れるのは1つのクラブで数頭が限界なんです。それも経営者クラスの乗馬上級者が自分の競技などと並行して教え込むので、一般のお客さんを乗せられるまでには何年もかかってしまう。このラインからあぶれた馬達は、そのまま行方不明になるのが現状なんです」
 ―狭き門ですね
 矢野さん「分かりやすく言えば、ここは第二の就職先を探す、職業訓練場です。競走馬として、レースに勝つことを教えられてきたアスリートに、新たな活躍の場を見いだすために、次の就職先でうまくやっていく基礎を養います」
 ―まずはセカンドキャリアを確実なものにするための、基礎づくりをするわけですね
 宮田さん「競走馬は1からの幼稚園教育ができないんです。それぞれ走ってきた環境によって、気性が荒くなった馬や、筋肉が硬くなった馬がいます。特性を見極めながら、まずは人間がリーダーであることを覚えさせていく。今度は騎手や厩務員といったプロではなく、一般の人が乗ったり手入れするわけで、その人の声が聞けるように、人間と馬の関係をつくっていくんです」
 ―言われてみれば、牧場でも厩舎でもプロとの関わりしかなかった馬たちです
 宮田さん「さらに競走馬が乗馬になるということは、個から群れに意識を変えさせなければいけません。複数の人馬が同時に運動する部班運動などができるように、協調性を養ったり、けんかをしないように教えていく。どの行動は良くて、どの行動はいけないのかを根気よく教えていきます。それから、距離感を教えることも重要です。お客さんがノーって言ったら、かむんじゃなくて離れる。馬の初心者との関わりができるようにしていくんです」
 ―競走馬はよくかみますね。ルールを教え込むには時間がかかりそう
 宮田さん「最終的に重要なのはノンバーバル(言語を使わない)コミュニケーション。基礎を体に染み込ませるのに本来は半年かかりますが、それではたくさんの引退馬を送り出すことができない。ですから3カ月から半年に圧縮して行っています」
 ―ここに来た時点では次の就職先が決まっていないわけですよね。どうやって次につなげるのでしょうか
 矢野さん「サラブリトレーニング・ジャパンでは、リトレーニングしてセリで売却という形をとっています。乗馬クラブからも、トレーニングしていない馬がタダで送られてくるより、人間との関わりの基礎ができている馬で、自分たちの目利きでお金を出して買った方がいい、と言ってくれる人もいます。落ち着いていて、扱いやすい馬は、特に初心者用の乗馬として長く愛してもらえます。時間がたって、人との関わり方が崩れた馬は、宮田さんに行ってもらってなおすこともあります。馬主さんやファンにとっても、行き先がホームページで明確にわかるのは、うれしいと思います」
 ―乗馬以外にも、愛媛県今治市菊間町のお供馬(おともうま)の走り込みに、ここの馬が落札されているそうですね
 矢野さん「地元の人がこの祭りのために、家で馬を飼って育てています。その家の男児が乗るために、少しでも安全に騎乗できるよう、教育機関とタイアップして学校教育の中に乗馬レッスンを入れるとか、地域へのお手伝いも始まりました」
 ▼ホースクリニシャン 馬の心理学や行動学に基づいて、馬とのコミュニケーションを構築する馬の臨床作業士。アメリカで経験を積んだ宮田さんは、日本では先駆者的な存在となっている。
 ▼サンクスホースプラットフォーム 引退した競走馬のキャリア確立を目指す事業で、2016年に当時調教師だった角居勝彦さんが発起人となってスタートした。滋賀県栗東市に事務局がある一般財団法人ホースコミュニティが運営し、角居さんは代表理事を務めている。開始当初はサンクスホースプロジェクトの名称も、プラットフォーム(土台)化するために名称変更した。

法人運営支えるのは「ふるさと納税」

 ○…リトレーニングされた馬のセールはこれまで14回行われ、現在はネットオークションという形で開催されている。最低入札価格は40万円で、現在までに150頭以上の馬が、乗馬クラブや大学馬術部などへ巣立った。
 運営資金について矢野さんは「もちろんセリで50万円、100万円でも出そうと思ってもらえる馬づくりはしています。でもここを支えているのは、ふるさと納税です。皆さんと行政の支援なしに、このプロジェクトは続けられません。リトレーニングできる頭数はこの原資によって決まりますから」と話していた。
「サラブリトレーニング・ジャパン」のふるさと納税による支援を呼びかけるサイト

【コエミ取材後記】ウオッカの孫&オルフェーブルの子が私の言葉をちゃんと聞いてくれました

 今回取材に協力してくれたのは、屈腱炎でデビューがかなわなかったウオッカの孫レジーフレックス(セン3歳)と、平地で3勝するも晩年の成績が振るわなかったオルフェーヴルの子アプルーヴァル(セン7歳)です。2頭ともしっかり宮田さんの声が聞けているので、もう完成の域では?と思い、私もイエスとノーの指示にチャレンジさせて頂きました。
 するとレジーフレックスにノーを出したつもりなのに、最初はウオッカらしく動じない。代わりに隣にいたアプルーヴァルが、オルフェーヴルらしい繊細さで反応してしまう。あぁこれが「プロではなく一般人の声が聞けるように」の訓練が必要ということなのですね。最後は2頭とも私の言葉をちゃんと聞いてくれました。とってもいい子達なので、良いネクストキャリアにつながってくれればと願ってやみません。(小泉恵未)

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