もし韓国との軍事情報共有協定(GSOMIA)が破棄されたら……どんな問題が起きるのか

文在寅 韓国

日本への対抗姿勢を強める韓国の文在寅 (ムン・ジェイン)大統領。

South Korean Presidential Blue House via Getty Images

日本政府が韓国をホワイト国(輸出優遇国)から除外した件への報復として、韓国が日本との「軍事情報包括保護協定(GSOMIA、読みはジーソミア)」の破棄をチラつかせていた問題で、11月23日午前0時の協定失効を前に、世界中の注目が集まっている。

仮に韓国の拒否でGSOMIAが破棄された場合、どういった問題が起こるのか。

そもそも「GSOMIA」とは何か

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2019年5月、アメリカ、フィリピン、インドの各海軍と南シナ海で共同訓練を行った日本の自衛隊。共同作戦時には、信頼関係と情報共有が重要な意味を持つ。

Japan Maritime Self-Defense Force/Handout via REUTERS

世界の国々はいずれも、自国の安全保障にとって脅威となる国やテロ組織などに関する軍事的な情報を集めている。

しかし例えば、同じ脅威にさらされている国同士であれば、互いの持つ情報を教え合うことで、それぞれの安全保障を強化することができる。あるいは、共同で脅威に対処できれば、さらに有利になるだろう。

しかし、相手国に渡した情報を外部に漏らされるようなことがあっては困る。そのため、秘密指定の軍事情報についてはしっかりと秘匿し、外部に漏らさない措置をとることを、互いに約束する必要がある。そこで結ばれるのがGSOMIAだ。

GSOMIA自体は、共有する情報のレベルを決めるものではない。その前提としての条件づくりであって、実際にどんなレベルの情報を共有するかは、後で別途決められる。

いずれにしても、情報を提供し合うことは互いの利益になる。今回の問題では、日韓双方のメディアで「GSOMIAによってどちらの国が得をしているのか」といった論点が出ているが、役立つ情報を融通し合っている限り、どちらにとっても得だ。

米軍が提供してくれる以上の情報がほしい

弾道ミサイル 北朝鮮

米朝非核化交渉が停滞するなか、北朝鮮は弾道ミサイルの発射実験を繰り返して戦力を着々と強化させている。

North Korea's Korean Central News Agency (KCNA) via REUTERS

日韓の安全保障上の共通の脅威は、何と言っても北朝鮮、その先に中国。

GSOMIAを締結して互いの軍事情報を共有することは、対朝あるいは対中戦略上、有益である。さらに言えば、日米韓の3カ国が共同で中朝に対峙するのが最も効果的だ。

その文脈で、日韓の軍事情報共有が進むことは、アメリカにとって非常に大きな利益になる。

いま何より緊急度が高いのは、対北朝鮮の戦略だ。北朝鮮は核ミサイル戦力を現在も保持しており、米朝非核化交渉が停滞するなか、弾道ミサイルの発射実験を繰り返して戦力を着々と強化させている。

では、対北朝鮮を考えたとき、日韓はそれぞれに相手側の持つどのような軍事情報がほしいと考えるだろうか。

日韓はいずれもアメリカと軍事同盟関係にあるため、日米、米韓はそれぞれ情報面でも深く結びついている。大方の軍事情報は、圧倒的なアドバンテージを持つ米軍から提供してもらえる。

また、北朝鮮の核とミサイル情報に関しては、2014年に日米韓が「防衛機密情報共有覚書(TISA)」を交わしており、米軍経由でそれぞれの情報を共有できることになっている。

しかし、それは情報共有の仕組みとしては例外的かつ特殊な形式であり、やはり日韓が直接、機密情報を共有できる態勢をつくっておくほうが、対応の迅速さにおいても、また共有する情報の質においても、より深くなることが期待される。

韓国がほしい日本側の軍事情報とは?

弾道ミサイル 北朝鮮

韓国は、自衛隊が持つ北朝鮮東海岸方面の電波傍受情報とその分析結果を必要としている。

REUTERS/Kim Hong-Ji

では、実際に日韓両国が直接相手から入手する情報としては、具体的にどんなものがあるのか?

例えば、日本側が持つ情報としては、まずは北朝鮮東海岸方面の電波傍受情報が挙げられる。

米軍も韓国軍も、北朝鮮の電波情報は日常的に収集・分析しているが、日本でも防衛省情報本部の新潟県小舟渡通信所と鳥取県美保通信所が、北朝鮮の電波情報を追っている。

さらに、海上自衛隊は独自にEP-3電子戦データ収集機を飛ばしており、やはり電波情報を収集している。

弾道ミサイル発射を含む北朝鮮軍の動きが、こうした電波傍受により監視できる。

韓国のほうが距離的に北朝鮮に近いので電波傍受には有利だが、電波情報は単に傍受だけではなく、蓄積した情報資料と照合するなどの分析がきわめて重要だ。自衛隊にはその点、独自の蓄積もそれなりにあり、過去にも北朝鮮のミサイル発射準備徴候を察知したことがある。

韓国にとっては、自ら電波情報を集めているものの、日本から補足となる情報が得られるならそれはそれで有益だ。

イージス艦 横須賀

日本のイージス艦のレーダーによる弾道ミサイルの追尾情報は米韓にとっても有益だ。

Shutterstock.com

また、海上自衛隊の潜水艦や哨戒機は、日本海を日常的に哨戒し、北朝鮮の潜水艦の動きなどの情報を集めている。

ほかに有益な情報として、航空自衛隊のレーダーサイトやイージス艦のレーダーによる弾道ミサイルの追尾情報がある。

日本側のレーダーで探知する北朝鮮の弾道ミサイルは日本列島方向に向かうわけだから、有事の場合、韓国は無関係のようにも思える。

しかし、昨今のような平時の発射実験について言えば、北朝鮮が日本海方面に発射した弾道ミサイルの航跡に関する詳細は、情報資料として非常に重要だ。韓国としても、自衛隊の情報がほしいところだろう。

日韓のGSOMIAに基づく平時の情報共有では、この自衛隊のミサイル航跡分析情報こそが、韓国にとって最重要のものと言える。

ちなみに、GSOMIAに関する報道では、日本の持つ情報の有利性として、情報収集(偵察)衛星が例示されている記事を散見する。しかし、その分野では米軍が圧倒的に強力だ。日本の衛星による情報は、それほど重要ではないだろう。

日本がほしい韓国側の軍事情報とは?

軍事境界線 トランプ 文在寅

北緯38度線付近の南北軍事境界線沿いにある非武装地帯(DMZ)を視察するトランプ米大統領と韓国の文在寅大統領。6月30日に撮影された動画から。

South Korean Pool/via REUTERS TV

一方、韓国側が有利なのは、何と言っても休戦ライン(北緯38度線)沿いでの監視。地上設置レーダー、電波傍受施設、航空機や艦艇による偵察・監視などによる情報収集だ。

GSOMIA関連報道ではそれらに加え、「脱北者がもたらす機密情報」などもしばしば共有対象として例示されているが、さすがにそのレベルの機密度の高い情報の取り扱いにはかなり慎重なはずで、情報共有には高いハードルがある。

いずれにせよ、ここまで例示したように、日韓ともに軍事情報の共有には利益がある。もっとも、情報の内容を具体的に見てみると、北朝鮮については、より距離的に近い韓国のほうが、日本より多くの情報を持っていると言える。

日韓の軍事情報共有はまだ日が浅い

日韓両国は2016年にGSOMIAを結んでいるが、その後、どれほど互いに秘密指定の情報を提供し合っているかというと、筆者の知り得るかぎりでは、どうもそれほどでもないようだ。

こうしたセンシティブな情報分野では、それなりに時間をかけて信頼関係を醸成していく必要があるが、日韓についてはスタート間もない段階でこじれてしまったことになる。

実際のところ、仮にいますぐGSOMIAが破棄されたとしても、日韓両国が被る実害はそれほど大きくなさそうだ。とはいえ、将来的なメリットを失うという意味では、決して軽い損失とは言えない。

GSOMIAが破棄されたら本当に困ること

トランプ大統領 米軍

日韓の軍事情報協定は、米軍の東アジア作戦で大きな意味を持つ。トランプ大統領はじめ米政権が仲介に動く理由のひとつでもある。

Chung Sung-Jun/Pool via REUTERS

ただし、いま軍事情報の共有がストップすることで、きわめて不都合な生じる分野もある。それは、米韓および日米の共同作戦だ。

そもそも、日韓のGSOMIA締結を橋渡ししたのはアメリカだった。日韓のGSOMIAは単なる二国間の軍事協定ではない。東アジアで、アメリカを中心に日米韓が共同で中朝に対処しようという、大きな枠組みの中の話でもあるのだ。

現在、日本とアメリカは軍事同盟を結んでいる。韓国とアメリカも軍事同盟を結んでいる。したがって、米軍と韓国軍、米軍と自衛隊はいざ有事となれば、速やかに共同で軍事作戦を実行できる(日本と韓国は同盟国ではないので、協力し合うことはあっても、原則的に共同作戦は行わない)。

こうした作戦を立案・指揮統制するのは、ハワイに司令部がある米インド太平洋軍(USINDOPACOM)である。彼らは日米や米韓といった小さな単位で考えるのではなく、インド太平洋地域全体で最適な作戦を考える。

その際には当然、 入手し得た軍事情報を最大限に利用する。いちいち「この情報は日本から得たものだから、日米共同作戦にしか使わない」とか「こちらの情報は韓国から得たものだから、米韓共同作戦にしか使わない」といった区別はおそらくしていない。米軍が独自に得た情報に、日本や韓国から得た情報をすべて加えて作戦を立案する。

ところが、日韓に軍事情報協定がないと、公式にはそれができなくなる。原則的には、ある国から供された情報は漏らしてはならないのが、世界的なルールだからだ(「サード・パーティ・ルール」といい、それがなければ、誰も情報を他国に提供などしなくなるだろう)。

だから、日韓でGSOMIAが結ばれていないと米軍は困る

GSOMIAに基づき、日韓がそれぞれ米軍との共同作戦に必要な秘密指定情報を提供できる体制を作っておけば、米軍は日米間で共有された情報と、韓米間で共有された情報を、垣根なしで共同作戦に使えることになる。それは、米軍の東アジアでの作戦にとって不可欠の環境だ。

不利益を被るのは日米韓だけではない

金正恩

新型とも言われる弾道ミサイルの発射実験視察中に笑顔を見せる北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長

North Korea's Korean Central News Agency (KCNA) via REUTERS

ただし、GSOMIA破棄によって困るのはアメリカだが、同じ脅威に共同で対処している日韓両国も、結果的に同じだけ不利益を被ることになる。GSOMIAを破棄したからといって米韓同盟が危機に陥るというほどの話ではないが、米政府が韓国に継続を強く働きかけているのはそういうことだ。

GSOMIAそれ自体は情報保全を担保する協定だが、本質的には、日米韓の軍事的な連携を深めるための基礎となるものだ。

それが破棄されるということは、日米韓の軍事的連携への動きに強いブレーキがかかることを意味する。

この日米韓の連携というのは、実は3カ国に限った話ではない。オバマ政権のころから、米軍の負担を軽減させつつ、特に軍事大国化する中国の脅威に対応するため、軍事的な多国間協力を進めるという大きな流れの中の話でもあるのだ。

実際、そのために日米韓だけでなく、オーストラリア、カナダ、イギリス、フランス、インドなども加わって、軍事的な中国包囲網の整備が進められている。

対北朝鮮もその大きな枠組みに含まれており、例えば北朝鮮の「瀬取り」の監視には、日米韓だけでなくこれらの国も協力している。

こうしたアジア太平洋地域の安全保障における多国間協力をさらに進めようという大きな構想に、GSOMIA問題は水を差したことになる。日韓の問題だけではなく、むしろこの面での悪影響のほうが大きいかもしれない。

(※本記事は8月15日初出の内容をアップデートしたものです)


黒井文太郎(くろい・ぶんたろう):福島県いわき市出身。横浜市立大学国際関係課程卒。『FRIDAY』編集者、フォトジャーナリスト、『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。取材・執筆テーマは安全保障、国際紛争、情報戦、イスラム・テロ、中東情勢、北朝鮮情勢、ロシア問題、中南米問題など。NY、モスクワ、カイロを拠点に紛争地取材多数。

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