新型コロナウイルスで“最強”とされる派生型「XBB.1.5(クラーケン)」について、いま知っておくべきこと

新型コロナウイルスで感染力が“最強”とされるオミクロン株の派生型「XBB.1.5」。別名「クラーケン」とも呼ばれるこのウイルスが、米北東部で感染が急拡大している。このウイルスについて現時点で知っておくべきことを解説しよう。
Close up of a health worker in blue scrubs putting a swab sample in a vial to test for Covid19.
Photograph: T. Narayan/Bloomberg/Getty Images

新型コロナウイルスのオミクロン株が世界的に最も優勢な変異株になって以来、さまざまな派生型へと変化してきた。最初はBA.1、次にBA.5、そしてついにはBQ.1やBQ.1.1などが登場している。

そしていま、別の文字と数字の組み合わせで呼ばれる派生型が注目されている。ここ数週間で米北東部を席巻することになった「XBB.1.5」、別名「クラーケン」である。

世界保健機関(WHO)はXBB.1.5について、これまでで最も感染力の強いオミクロン株の派生型と判断している。これを受けて各国は、飛行機の機内などリスクの高い状況でマスク着用の推奨を検討すべきであると発表した。

すでに米国の一部地域で急速に感染が拡大しており、専門家のなかにはXBB.1.5が過去の感染で獲得した免疫を回避する能力をもつかもしれないと心配する者もいる。おそらく、ワクチンから得た免疫に対しても同じだろう。

「答え」の出ていない問題に再注目

新たな変異株の急激な感染拡大は、常に注目される。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の大きな突然変異は、病気や入院、死亡の増加につながり、医療システムに負担をかけ、長期罹患率を増加させる可能性があるからだ。

XBB.1.5の感染拡大が続く一方でWHOは、この派生型の突然変異によって感染症がより重症化する証拠はないとしている。だが、いまはまだ初期段階である。米国では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による入院患者数が徐々に増加しているものの、その数は2022年初頭のピーク時と比べはるかに少ない。

それでも、拡大スピードの速い変異株の出現によって、まだ答えの出ていない問題が再び注目されている。それは「ワクチンをどのようにアップデートすべきか」という問題だ。

「これほどのスピードで拡大する亜系統は、このところしばらく見られませんでした。このため、これは注意深い監視に値する変異株かもしれないことを示す新たな兆候と言えます」と、ワシントン大学ウイルス学研究室で新型コロナウイルスのゲノム配列解析担当ディレクターを務めるパヴィトラ・ロイチョードリーは言う。

ロイチョードリーによると、変異株に早期に目をつけて特定し、将来のワクチンの設計方法を検討することが重要であるという。「すべての変異株に効果のあるワクチンができるまでは、高い頻度で流行しそうなものをベースに設計し、試してみるしかないでしょう」

XBB.1.5がもつ可能性がある「2つの優位性」

この変異株は、ほかの2つのオミクロン株派生型の組み換え体の亜系統である。組み換えが起きるのは、1人が同時に2種類のウイルス変異株に感染したときや、排水の中で2種類が出合った場合だ。

この変異株は、過去の感染やワクチン接種で獲得した抗体を回避する能力と同時に、ウイルスが人の細胞に侵入し感染する場所であるACE2受容体との強い結合力をもっている可能性がある。感染力を高めるその2つの優位性があることが判明すれば、流行が確認されているいくつかのオミクロン変異株のなかでも突出した存在になるかもしれない。

XBB.1.5に注目する中国の研究者たちが1月初旬に投稿した論文の原稿は、この変異株に上記の2つの優位性があると主張している。ただし、この論文はまだ公開前であり、査読されていない。

「これは突然変異のワンツーパンチのようなものです」と、テキサス小児病院ワクチン開発センターの共同所長を務めるベイラー医科大学国立熱帯医学部長のピーター・ホーテズは言う。「免疫回避特性をもつだけでなく、受容体との結合能力を維持したまま免疫から逃れることができたのです」

また、これまでより感染スピードが速いのは、現在の人々の行動様式も原因になっている。20年に比べてマスクを着用している人は少なく、多くの人が旅行したり、ホリデーシーズンを祝うために屋内に集まったりしている。まさに、多くの人々が素早く病気になるための“レシピ”と言える。

「いまわたしたちが直面しているのは、高い免疫回避能力をもつ亜変異株です。その発生時期は、公衆衛生上の感染軽減措置を撤廃してしまったタイミングでもあります。すべてとは言いませんが、ほとんどの感染対策はすでに実施されていません」と、ニュージャージー州のモントクレア州立大学で公衆衛生学の教授を務める疫学者のステファニー・シルヴェラは言う。

感染状況には地域によって差

いまのところXBB.1.5の感染拡大状況は、米国では地域によって大きな差がある。

米疾病管理予防センター(CDC)の予想によると、23年1月6日までの1週間におけるこの変異株の感染状況は、ニューイングランド地方とニューヨーク州では見つかった感染者の70%以上を占めた。これに対して米中西部と西海岸では5%以下、全国では約27%だった。ほかの系統のウイルスが感染全体に占める割合は、緩やかな増加か、まったく増加していないと予想されている。

WHOによると、この変異株はこれまで韓国やオーストラリア、欧州諸国など38カ国で確認されている。欧州については、22年末の2週間の感染例全体に占める割合は2.5%未満であったと、欧州疾病管理予防センターが1月9日に発表した。一方で同センターは、米国でこの変異株の感染が急速に拡大したことが、大西洋を越えて欧州でも優勢になることを意味するわけではないと指摘している。

ほとんどの国は、新型コロナウイルスの波が押し寄せたり引いたりする様子を目の当たりにしてきた。これに対して、3年間にわたり厳しい封じ込め措置をとってきた中国は、いま初めての大規模な流行に対処している。

中国の国民は、感染力が特に強い変異株によって異なる影響を受ける可能性がある。XBB.1.5が中国で自由に拡散することで、「新たなスーパー変異株」、つまり特に危険な型や感染力の高い型の出現が促進されるかどうかは、専門家にもまだわからない。

別名を付けることの“副作用”にも懸念

たとえ海の怪物にちなんだ「クラーケン」という別名が付けられているとしても、新種の変異株のニュースによって必ずしも危険性が高まるとは限らない。クラーケンという名が付けられたのは、ある生物学の教授が新型コロナウイルス変異株の謎を解き明かす仕事を引き受ける際、わかりにくい数字の代わりに愛称として神話上の名前を付けたことに端を発する。

研究者たちはパンデミックの期間中ずっと、「スケアリアント(恐ろしいという科学的根拠のない変異株)」に過剰に注目し、恐ろしい名称を付けることに抵抗を示してきた。そのような名称は、ウイルスの新たな型について科学者たちが詳しいことを解明する前に、人々をパニックに陥らせる可能性がある。また、あまりに複雑であったり、人種差別的であったり、外国人排斥的であったりする命名も同様だ。

当初の懸念通りにはならない変異株もある。21年夏の終わりに専門家たちは、変異株「ミュー」が大規模な感染を引き起こすのではないかと恐れ、注意深く監視していた。ところが、その懸念はすぐに後退した。

このようにXBB.1.5も、ほかの場所では優勢になることなく消える可能性がある。だが、まだ見つかったばかりなので、今後どのように拡大するかはわからないというのが、専門家たちの意見だ。

XBB.1.5は、別のことも思い起こさせる。ウイルスは予期せぬ方法で突然変異する可能性があり、そのスピードは科学者がそれに対応してワクチンを調整するよりはるかに速いのだ。

「流行している呼吸器系ウイルスがワクチンと完全に一致することは、ほとんどありません」と、ジョンズ・ホプキンス大学のウイルス学者のアンディ・ペコシュは語る。ワクチンを選ぶ際に米食品医薬品局(FDA)のような保健当局は、どの遺伝子配列をターゲットにするか決めなければならない。「それは簡単な決定にはならないでしょう」と、ペコシュは言う。

ワクチン開発の別のアプローチは、すべてのコロナウイルスに効くもの、あるいはSARS系統のウイルスに特化したものを開発することだ。この方法の場合、新たな変異株が発生した際にワクチンが古くて効かなくなる心配が少ないだろう。

ウイルスと闘うためにやるべきこと

いまもワクチンは、病気の重症化から人々を守るために重要な手段である。特に22年秋に米国や欧州などで発売された最新の2価ブースターワクチンは、オミクロン株の感染対策として有効性がより高い。

ところがCDCによると、米国では5歳以上の国民のうち、新型コロナウイルスの最新のブースターワクチンを接種した人はわずか15.4%である。このため新しい変異株がワクチン接種者に及ぼす真の効果を確認することは、いまのところ難しい。

XBB.1.5とオミクロン株が今後どのようになるかわからないとしても、新型コロナウイルスと闘うための手段は変わっていないと、専門家たちは言う。ワクチン接種、マスクの着用、そして感染した場合は「パクスロビド」などの抗ウイルス薬を服用することが、すべて有効だ。

「メッセージはこれまでと同じで、健全なレベルで心配する必要がある、ということなのです」と、疫学者のシルヴェラは言う。「パンデミックが終わったようにふるまうこと、そして完全なパニックに陥ることとの間に、わたしたち全員が落ち着くべき場所があります」

WIRED US/Edit by Daisuke Takimoto)

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