SARSの謎を解く鍵となるか? 「スーパースプレッダー」(上)

SARSに関しては、平均的な患者に比べて感染を広める力が強いとされる、「スーパースプレッダー」とよばれる患者たちが注目されている。一部の専門家は、このスーパースプレッダーがSARSの謎を解く大きな手掛かりになると考えているが、判断するには情報が少なすぎると述べる研究者もいる。

Kristen Philipkoski 2003年05月22日

SARS(重症急性呼吸器症候群)の蔓延を食い止める試みにおいて、いまだ謎の多い「スーパースプレッダー」と呼ばれる患者が重要な手掛かりになるかもしれない――もっとも、スーパースプレッダーなど実在しない可能性もあるのだが。

スーパースプレッダーは平均的なSARS感染者に比べ、より多くの人々にウイルスをばらまくと考えられている。米疾病管理センター(CDC)の定義では、SARSを10人以上にうつす人がスーパースプレッダーとされている。典型的なSARS患者の場合、感染を広める人数は多くても3人だ。

しかし、スーパースプレッダーの正体、さらにはスーパースプレッダーが本当に存在するのかどうかを知るには、情報が少なすぎると述べる研究者もいる。SARS蔓延の阻止に取り組んでいる科学者たちは、1人から多人数への感染に対してさまざまな説明を試みている。

南カリフォルニア大学の分子生物学者、マイケル・ライ博士は「一番可能性が高いのは、(スーパースプレッダーが)ウイルスを大量に保有し、よく咳をする人々だというものだ」と話す。

SARSウイルスの種類と患者の重症度を結び付けるには信頼できる診断検査が必要だと、科学者たちは口を揃える。

「言い換えるなら、SARSの感染の経過を知るにはもっと多くの点を明確にする必要がある」と、カリフォルニア州ドゥアーテにあるシティー・オブ・ホープ国立医療センターのベックマン研究所でウイルス学科の学科長を務めるジョン・ザイア博士は話す。「それまでは、どのような説も、興味深い話ではあるが確かではない」

民間企業からも少数ながら診断検査が提供されているが、十分に正確なわけではない。CDCが開発した検査も、米食品医薬品局(FDA)の認可はまだ下りていない。

「根本的な問題は、スーパースプレッダーが存在するかどうかさえ判断できないほど、SARSについての理解が不十分なことだ」とザイア博士。

一方、スーパースプレッダーがSARSの謎を解く重要な手掛かりになるという意見もある。

カナダのオンタリオ州の医師、バリー・アームストロング博士は「スーパースプレッダーは、他の症例の感染源や大規模な感染の原因としてきわめて重大だ」と話す。

しかし、スーパースプレッダーの感染を広める力がここまで強い理由は解明されておらず、科学者たちの間で論争の的となっている。

感染の規模は、どれくらいの範囲で人々がウイルスにさらされたかによって決まるという説もある。香港の団地における急激な蔓延(日本語版記事)は、広範なウイルス汚染の一例だ。この団地では、下水に含まれていた大量のウイルスが換気装置を汚染し、通気孔から空気中に拡散した。

不注意や判断ミス、隔離への抵抗、不運などのいずれか、あるいはそのすべてが、SARS拡大の原因になる可能性もある。

26歳のある患者は、香港のプリンス・オブ・ウェールズ病院での治療中、112人にSARSを感染させた。この患者の治療にネブライザー(吸入器)を使用したことが大きな原因だ。この装置は痰(たん)が詰まった患者の肺を手当てすると同時に、患者が息を吐くたびにウイルスを周囲にまき散らす役割を果たした。

ほかには、SARSウイルスの中でも感染力のより強い種類に冒された患者がスーパースプレッダーになるのかもしれないという意見もある。SARSウイルスはかなりのペースで変異している(日本語版記事)というのだ。ただし、変異によってウイルスの威力が強まるとは限らず、弱くなる可能性もある。

SARSウイルスのゲノムはそれほど変異していないという説もある。重症患者に関連するウイルスのサンプルと軽症患者から採取したサンプルの間に、遺伝子の明確な差異は確認されていない。

「現在のところ、SARSウイルスはどの変種も(遺伝子の)配列がよく似ているため、感染力の違いを説明できない」とライ博士。

(5/23に続く)

[日本語版:米井香織/高森郁哉]

WIRED NEWS 原文(English)