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和田彩花 "浮世絵10話" 第三話 喜多川歌麿「ポッペンを吹く娘」

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歌麿は現代で言えばアイドル専門のフォトグラファー

「絵暦」という、カレンダーのようなものを交換したり、見せ合う江戸の旦那衆たちのオタクさん魂が火をつけ、鈴木春信によって開花した錦絵と美人画は、その約20年後、喜多川歌麿という美人画のスーパースターを生み出します。歌麿は現在でいうと、アイドルやモデルさんたちの写真をたくさん撮ってくださる人気フォトグラファーといったところでしょうか。歌麿が大活躍した1790年代は、浮世絵がもっとも盛り上がった時期。やっぱりこういう時代にはスーパースターの存在は欠かせませんよね。
歌麿の浮世絵の特徴は、「大首絵」と呼ばれる胸から上のバストアップを強調する絵の数々。アイドルの写真でも、全身を撮ったものとバストアップを撮ったものがありますが、歌麿の出現で後者が人気の中心になったのです。歌麿の浮世絵では、背景もほとんど描かれません。白バック。まさに私もアイドルとしてたくさん撮っていただく写真そのものです。
しかも、歌麿が描いたのは彼が生きた時代の実在の女性たちばかり。歌麿の時代にいたら、私も描いてもらえたかな?そんなふうに考えながら歌麿の絵を観ていくと、江戸時代の女性たちがますます身近に思えてきます。見慣れないうちは、浮世絵の女性はみな同じ顔に見えるかもしれませんが、よく観ていくと歌麿の描く女性の絵は春信などの絵師が描くものより、目が少しパッチリしています。しかも、表情がちょっとずつ違うんです!

こんなふうに描くと美人に見えるという、描く人と観る人の、日本人がお得意な約束事を歌麿はちょっとだけ逸脱して、きっとそこに個性を発揮させたんですね!だからこそ顔の表情が観る人にもわかりやすい大首絵をたくさん描いたんじゃないかな。いまの私たちには同じように思えても、当時の江戸の男性たちは歌麿が描く女性の目にきっとドキドキだったんですね。
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▲喜多川歌麿 「ポッペンを吹く娘」

江戸の男性陣はりっぱなオタクさん

歌麿の浮世絵は、見方を変えれば肖像画です。日本の絵の魅力に気づく前、私は西洋画の肖像画を見続けてきたので、歌麿の絵を肖像画と思って観ると違和感をおぼえます。なぜなんだろう?
おそらく、私が見てきた西洋の肖像画で描かれているのは、王様や女王様といった偉い人や、その家族、あるいは画家の友人やその子供たちといった人たちばかりだからだと思います。ところが歌麿の絵に描かれた女性は、みな江戸の街に暮らす女性たち。この差って、改めて考えるとすごい大きいと思うんです。

歌麿は自分が描きたい女性を、自分で勝手に次々に描きました。しかも、モデルは偉い人ではありません。いまでいえば、読者モデルとかアイドルといった存在ではないでしょうか。やっぱり江戸の男性陣は立派なオタクさんですね。みな、歌麿が描く女性に興味津津だったんです。実際、歌麿が描いた女性を一目見ようと、彼女たちの働く店には人が殺到したそうです。まさに看板娘そのものじゃないですか!江戸時代の日本は世界最大の芸術大国であると同時に、オタクな国だったんですね。オタクさん文化は日本人がもっている体質!?私たちスマイレージが江戸時代にタイムスリップしたら、どんなふうに注目してもらえるんでしょうか?歌麿が描きたいと言ってくれるかな? 

そう考えると、西洋には、看板娘やアイドルのような存在はいなかったんでしょうか?
「アイドル文化は日本にしかありません」 海外のファンのみなさんから、そんなことを教えていただくことがあります。アイドル戦国時代と言われていますが、歌麿が活躍した時代のほうが戦国時代より現在のアイドルシーンと近いのかもしれませんね。

ヤンチャでイケイケな女性

「ポッペンを吹く娘」ですが、なんといっても着物の柄がオシャレですごくカワイイ!正方形を交互に並べた市松模様の柄の上にお花がのっています。桜かな?このちょっとしたところにカワイイを取り入れるデザインは、昔も今も女の子を夢中にさせるんです。江戸時代の女の子にも、こんな感覚があったんだ!と嬉しくなってきます。
これを摺る摺師さんはほんとに大変そう。でも、せっかくの着物のカワイイ部分を浮世絵でも同じように表現することに、歌麿も摺師もこだわったんですね。私も服の柄に求めるポイントは、カワイイかどうかです。ショッピングでもカワイイ花柄を探したりします。バラだと私には似合わないなとか、もっと細かい花柄がいいなといったことです。一口に花柄と言っても、女の子の個性がいろいろ出るんです。

「ポッペンを吹く娘」の女性は、当時としてはかなりヤンチャでイケイケな印象があります。私とはずいぶん違うタイプのようです。私の最初の本『乙女の絵画案内』でも取り上げた、大正時代に活躍した小林かいちの絵に出てくるような、その当時としての最先端の女性です。「ポッペンを吹く娘」の女性は、なんだかいろいろな遊びになれている気がします。
浮世絵にきちんと出会う前、私のなかに江戸時代の女性にそういうイメージはありませんでした。もっと地味な服でご飯を作っていたり、子供をおんぶしていたり。でも、アイドルがいたり、アイドルを応援する人がいたり、女の子が最新のファッションに夢中になったり、江戸の街にはいろいろな意志を感じます。この女性は、私と違って、いろいろな人にどんどん話かけていきそうなタイプです。おそらく当時の最新ファッションの振袖の着物に、そんな江戸の自由な空気を感じます。そして、そんな女性を江戸の街に次々に発見していく歌麿はすごいです。

 歌麿は、意志を持ったきつそうな女性が好きだったのかも?
 そして、年齢のわりには大人っぽくみえる女性が好きだったんじゃないかな?

そんな歌麿の絵が爆発的に人気を集めたということは、でもそれって江戸の旦那衆の好みということ?江戸時代って、いまの日本のようになんでもありだったんですね、きっと。でも、そんな浮かれている雰囲気に、やがて幕府の締めつけが強くなってきます。特定の女性を描くな!といったお触れが出たりしたようです。歌麿はそんな取り締まりに、謎解きのような絵を描いて、その女性が誰であるかわかるように対抗したりしました。「判じ絵」と呼ばれる作品です。晩年はとうとう牢屋にまで入れられてしまったことさえある歌麿ですが、ぎりぎりまで表現の自由と闘っていたんですね、きっと。

スマホをいじっているときの表情

歌麿は女性の美人画を通して何を描きたかったのでしょうか?

菱川師宣の「見返り美人図」などと比較すると、ポーズはとても自然です。「見返り美人図」はいわばファッション誌。「見返り美人図」は着物が主役なら、歌麿の絵はアイドル雑誌のグラビアページ。歌麿はやはり女性自体を描きたかったんだと思います。着物や髪型は意外にどうでもよかったのかもしれません。女の人自体を描きたいのに、「見返り美人図」のように不自然なポーズで描いてしまったら、女性のしぐさの微妙な色気みたいなものはきっと出てこないと思います。

歌麿はきっと、女性がふっとみせるしぐさや雰囲気を描きたかったんです。女性の入浴姿や踊り子を多く描いた、印象派のドガの画風に近いのかも。歌麿はドガの約一世紀前の人物。印象派に多大な影響を与えた浮世絵。歌麿の作品も、ドガや、やはり女性をたくさん描いたルノワールにいろんな影響を与えたのかもしれません。女の人が一瞬浮かべる表情を絵にした歌麿。「ポッペンを吹く娘」の女性は、なんだか時間を持て余しているように見えます。

ビードロとも言われるポッペンは、言ってみればガラス製のおもちゃ。現代なら、スマホを女性がいじっているような場面でしょうか?私はスマイレージのメンバーとスマホでのやりとりで盛り上がってくると、嬉しくなってつい笑ってしまうんです。だから、その表情を必死に隠そうと、手で口を抑えながらスマホをいじっています。そんな一瞬の瞬間を、歌麿なら見逃さずに描くんです。人には見せたくない、女の人の日常のいろいろなしぐさを、歌麿は次々に描いていきます。
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▲菱川師宣 「見返り美人図」
歌麿が近くにいたら、油断できません。スマホをいじるのも止めちゃうかも。でも、歌麿に描かれるということは、江戸の街では人気者の証です。描いてほしくないけど、描いてほしい。そんな女性心理の微妙なところをかぎとる歌麿が、美人画で一世を風靡するのも当然だったのかもしれませんね。
自分をカワイく見せることに、日本の女の人はとってもがんばります。同世代の海外の女性が日本の街を歩いているのに出会うと、ジーンズやTシャツといったスタイルのことが多いです。海外ではそれが当たり前なのかもしれませんし、かっこよくもあるのですが、もっとカワイイ服装をしたくないのかなとも、つい思ったり。そう考えると、印象派の画家たちが浮世絵の女性たちの絵を観たとき、その自由な雰囲気にきっとさぞや驚いたでしょう!いまも江戸時代も、日本人の女の子の気持ちって変わらないんだなって、けっしてお話することができない江戸時代の女の子たちと、歌麿の絵で気持ちがつながった気がしました。
和田彩花和田彩花

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執筆者:和田彩花(スマイレージ)プロフィール 

『乙女の絵画案内』_small.jpgルックスとスタイルを生かし、雑誌の表紙、グラビアなども多数。美術が好きで、西洋画を見るのが好き。好きな画家は、レンブラントとエドゥアール・マネ。大学では美術史を専門に学んでいる。また、最近では日本の仏像・絵画にもハマり、朱印帳を買って寺院の朱印集めなども行っている。「絵画」について語る連載、著書「乙女の絵画案内」の発売など、美術方面の活動も徐々に広げているSATOYAMA movementより誕生した鞘師里保(モーニング娘。)との音楽ユニット『ピーベリー』としても活動。

著書「乙女の絵画案内」
http://shuchi.php.co.jp/article/1846
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※次回は、9月25日(木)掲載です。
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