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ディズニー帝国が世界を支配する?〜2018年映画興行に見える恐るべきパワー〜

境治コピーライター/メディアコンサルタント
画像:筆者のAppleTVの画面を加工したもの

2018年の映画興行で際立ったディズニーの強さ

1月29日に日本映画製作者連盟が「日本映画産業統計」を発表した。毎年この時期に同連盟が発表するこの統計は、前年の映画興行の概要がわかる重要な資料だ。日本の映画会社の大手で構成されるこの団体の発表数値は、どこぞのお役所と違って興行に関わる数値を精密に集計した信頼できる情報で、いつも頼りにしている。

毎年、興行収入10億円以上の作品をリスト化して発表するのが目玉。今年の邦画では「劇場版コード・ブルー」が93億円という驚異的な興行収入を叩き出したのを始め、カンヌ受賞の「万引き家族」が45億円で4位につけたり、ネットが騒然とした自主制作映画「カメラを止めるな!」が31億円で堂々の7位にランクインしたりと、興味深いランキングとなった。

ただここでは、洋画のランキングに注目したい。もちろん洋画興行の最大の話題は「ボヘミアンラプソディ」が予想外の特大ヒットとなり104億円で1位に輝いたことだ。しかもまだ上映が続き連日満員なのでもっと伸びるだろう。

それとは別にふと気づくのが、ランキングの中の「WDS」の数だ。これはウォルトディズニースタジオの略で、興行収入10億円以上リストに「WDS」がやけに多い。3位の「スターウォーズ/最後のジェダイ」5位の「リメンバー・ミー」6位の「インクレディブル・ファミリー」8位「アベンジャーズ/インフィニティウォー」11位「プーと大人になった僕」、13位「ハン・ソロ/スターウォーズストーリー」18位「ブラックパンサー」20位「アントマン&ワスプ」。興行収入10億円以上の作品23の中の、実に8作品、約3分の1がディズニー作品なのだ。

次に目につくのは「FOX」の文字。1位の「ボヘミアンラプソディー」もそうなのだが、4位の「グレイテスト・ショーマン」14位の「デッドプール2」15位の「キングスマン:ゴールデン・サークル」17位の「オリエント急行殺人事件」の5つだ。

次に多いのがWB(ワーナー・ブラザース)の4作品、続いてSPE(ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント)の3作品と続く。

つまりディズニーの寡占化、FOXがそれに次ぐ座を占める。

そして、FOXはディズニーの傘下に入ることが決まっている。FOX映画の看板がなくなる訳ではないかもしれないが、ディズニーの力がさらに強まるのは間違いない。2018年の興行収入ランキングでいうと、23作品中8+5=13で半分を超えてしまう。

興行収入で言っても、ディズニーが合計286億円で洋画全体1004億円の28.4%、FOX作品は合計208.1億円で20.7%。合計49.1%で金額的にも半分近い。

これとほぼ近い傾向が本国北米市場でも、ヨーロッパ市場でもあるようだ。世界第二の中国市場だけは独特なので話は違うかもしれないが、ただでさえ強大な力を持つディズニーがFOXを手に入れたことで世界的にも寡占化すると見てよさそうだ。

「アナ雪」以降パワーを増してきたディズニー

一体ディズニーはなぜこんなに”強い”のか。実はほんの10年前までのディズニーは、古典的アニメーション映画が中心の会社で、実写作品は「パイレーツオブカリビアン」のように”ディズニーらしい”世界観を大切にするあまり家族で楽しめるが刺激性や新しさに欠ける印象だった。

それがまず、ピクサーを買収してその中心クリエイターだったジョン・ラセターにイニシアチブを託し、”古典的”だったアニメーションスタジオを現代的に再生させた。その最大の成果が2014年の「アナと雪の女王」だ。これにより、ディズニー本体とピクサー、両方のアニメーションスタジオからヒットがコンスタントに出せるようになった。日本もそうだが映画市場でアニメーション映画の重要度が増しているのも大きい。

さらに実写でもルーカスフィルムを傘下にし「スターウォーズ」を手に入れた。一方、マーベルスタジオも子会社にしたので「アベンジャーズ」シリーズをも手中に収めた。メガヒットのフランチャイズはすべて我が物にしたのだ。

そこへFOX映画も買収した。まるで欲しいものを全部自分のものにしないと気が済まない王様のようだ。「スターウォーズ」で言うと自由のために戦う共和国軍と言うより、軍事力で銀河のすべてを支配しようとする恐るべき帝国軍のようだ。ディズニーは今や、ダースベイダーなのだ。

新興勢力NetflixにSVODで対抗する

しかしこれには事業的に”必要”な理由があった。Netflixに対抗するためだ。

Netflixは今年のアカデミー賞レースにも「ROMA」という大作を送り込み、今やネットベースの”映画会社”でもある。新興のネットを操るコンテンツメーカーの勇躍に対し、旧来のコンテンツメーカーの代表であるディズニーは強い危機感を持っているに違いない。その危機感が、帝国軍的な買い占めに走らせたのだろう。

さらにディズニーは2019年にNetflix同様のSVODサービスを立ち上げるという。FOXを買収したのもこのためだ。確かに、映画興行で半分を占める寡占的な中で、配信を立ち上げれば一気にユーザーを獲得できるだろう。現状、ディズニー作品を配信で見るには「個別課金」でないと視聴できない。定額のSVODサービスには旧作以外は出さない方針なのだ。それが彼らのSVODサービスなら見れるとなると、誰しも加入したくなる。しかもサービスに備えて配信向けのオリジナル作品を続々準備中だという。「スターウォーズ」や「アベンジャーズ」のスピンオフがどんどん出てくれば、ファンとしてはクラクラするに違いない。

スタートすれば数ヶ月で世界のSVOD市場を支配してしまう可能性もある。Netflixにとって最大の危機がやってくるかもしれない。

まるで銀河の興亡のような激しく長い戦いが繰り広げられそうだ。ちなみにそこに、Appleも乱入して三つ巴の戦いとなるのは必定だ。もちろんAmazonも違う場所から戦いを仕掛けてくる。

さて振り返ると、そんな雲の上の戦いを銀河の端っこの島国のプレイヤーたちはどう見守るのだろう。いや見守っている場合ではない。今この狭い島国にはHulu、FOD、Paravi、dTVなどなどがひしめき合っている。某巨大EC企業もSVODを準備中との噂だ。はっきり言うが、小競り合いをしている場合なのだろうか。小さな島国の争いがやっと落ち着いた頃には、雲の上ですべての勝負がついていることになるだろう。それに個々のサービスに1000円ずつ払うのは、映画好きの私でも嫌になってきた。ユーザーの利便性を考えても、自主的に統一してはどうだろうか。そうじゃないと、雲の上の巨人たちに島国も根こそぎ持って行かれかねない。そんな局面がもう来ていると思う。

コピーライター/メディアコンサルタント

1962年福岡市生まれ。東京大学卒業後、広告会社I&Sに入社しコピーライターになり、93年からフリーランスとして活動。その後、映像制作会社ロボット、ビデオプロモーションに勤務したのち、2013年から再びフリーランスとなり、メディアコンサルタントとして活動中。有料マガジン「テレビとネットの横断業界誌 MediaBorder」発行。著書「拡張するテレビ-広告と動画とコンテンツビジネスの未来」宣伝会議社刊 「爆発的ヒットは”想い”から生まれる」大和書房刊 新著「嫌われモノの広告は再生するか」イーストプレス刊 TVメタデータを作成する株式会社エム・データ顧問研究員

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