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今起こっている『免疫力低下』とは、どういう意味ですか?

堀向健太医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。
(提供:イメージマート)

最近、さまざまな感染症が増え、小児科の外来はとても混雑している状況です。そして入院もなかなか難しいケースも増えてきています。

そのようななか、『免疫力低下』というワードを見かける事があります

なんだか、免疫自体が破壊されているような、そんなイメージを感じている方もいらっしゃるかもしれません。

そういうわけではありません。

今回は、現在起こっている感染症の波がどのような状況なのかを、少し例をあげながら解説してみたいと思います。

夏休み中、勉強をしなかったときの話。

写真:アフロ

皆さんの子どもの頃を思い出してみましょう。

たとえば英語や数学、物理があまり得意ではなかった科目だったとしましょう(自分自身の例ですね汗)。そして夏休み中にそれらの科目をまったく勉強しなかったとしたらどうなるでしょう。

テストの点数はきっと大きく下がっていることでしょうね。

しかし、『学習する能力自体も下がった』というわけではないですよね。

また、少しずつ勉強を始めることができれば、学力はきっと上がってくることが多いと思います。

夏休み明けのテストの話。

写真:アフロ

そんな夏休み明けの日、教師からこんなことを言われたとしたらどう思われるでしょう。

『英語も、数学も、物理も、これから1週間以内に抜き打ちでテストをします。テストの点数が赤点だったら留年です。テストを受ける部屋はひとつだけです。部屋にはいれなかったひとにも再試験はありません』という話をされたらどう思われるでしょう。

テストを受ける環境はきっと劣悪で、ぎゅうぎゅう詰めのテスト会場です。

そしてテストを受けられるのは、全員ではありません。

できれば、『1週間ではなく、もうすこし間をあけてほしい、できれば1科目ずつテストをして、テストを受ける環境も良くしてください』といいたくなりますよね。

感染予防策は、テストの間隔を延ばすような対策だと考えていただければ良いでしょう。

確実にテスト(感染)までの期間が延びるとはいえませんが、その可能性が高くなるのですね[1][2]。

テストの加点をしてもらう方法はある?

写真:イメージマート

では、そのテストの一部、必ず受けないといけなくて配点が多い必修科目を事前に加点をしてもらえる、場合によってはテストを免除してもらえるとなるとどう思うでしょう。

できれば加点してもらいたくなりますよね。

感染症に対する予防接種が、その加点にあたります。

いってみれば、必修科目で配点が多い、一部の科目(感染症)には、予防接種で加点できるのですね。加点が多い感染症(麻しんや風疹など)、加点が比較的少ない感染症(インフルエンザなど)があります。

ただし、予防接種が存在しない、すなわち加点がない科目(感染症)は、実は200種類以上もあります[3]。

すべての科目に加点ができるわけではないのですね。

これらの200科目以上のテストは、『いずれ』受けることになります。

テストを溜め込んでいる状態、『免疫負債』。

提供:イメージマート

テストをためてしまっている状況のことを免疫負債(Immunity debt)などと言います[4]。

負債、などというとなんだかすごく悪い話をしているように思われるかもしれませんが、『テストをためているような状態』で、これから一つずつ受けていく必要性があると考えていただければ良いでしょう。

しかし、ためているテスト(感染症)を一気に受けようとすると、最初に申し上げたような苦しい状況が起こります。たとえば、海外ではさまざまな感染症が一度におこり、救急搬送にも24時間以上かかるような状況も起こりました[5][6]。

そして、現在日本でもそのような状況が起こりつつあるといえ、さまざまな感染症の流行が急速にはじまっています[7][8][9]。

A群溶血性レンサ球菌咽頭炎の流行状況(東京都感染症情報センター)
A群溶血性レンサ球菌咽頭炎の流行状況(東京都感染症情報センター)

ヘルパンギーナの流行状況(東京都感染症情報センター)
ヘルパンギーナの流行状況(東京都感染症情報センター)

『免疫力低下』というワードに慌てず、ひとつひとつ乗り越えていきましょう

PhotoAC
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『免疫力低下』というと、テストを受けたいのに全てにおける学習能力も低下してしまったようなイメージを持つかもしれません。

そういうわけではありません。

個々の科目の勉強をする機会がしばらくなくて、テストの点数が下がったということなのです。ですので、感染対策をしながら、できれば一つ一つの科目(感染症)のテストを順番に受けるようにしたほうが適切ではないかと考えられます。

そして感染症の波は、患者さんも医療者も同様に巻き込み、苦しい状況に追い込んでいきます。

できれば予防接種(加点)ができるものはその対応を、そして可能ならば感染(テスト)はひとつひとつ、劣悪な環境で受けないようになることを願っています。

【文献・参考サイト】

[1]N Engl J Med. 2022 Nov 24;387(21):1935-1946.

[2]Tropical medicine & international health 2006; 11:258-67.

[3]Understanding a Common Cold Virus(NIH)

(2023年6月8日アクセス)

[4]Munro AP, Jones CE. Immunity debt and unseasonal childhood respiratory viruses. Br J Hosp Med (Lond). 2022 Sep 2;83(9):1-3.

[5]Covid, flu, RSV declining in hospitals as ‘tripledemic’ threat fades(ワシントンポスト)(2023年6月8日アクセス)

[6]Surge in cases of RSV, a virus that can severely sicken infants, is filling hospital beds(NBCニュース)(2023年6月8日アクセス)

[7]RSウイルス感染症の流行状況(東京都感染症情報センター)

(2023年6月8日アクセス)

[8]A群溶血性レンサ球菌咽頭炎の流行状況(東京都感染症情報センター)

(2023年6月8日アクセス)

[9]ヘルパンギーナの流行状況(東京都感染症情報センター)

(2023年6月8日アクセス)

医学博士。日本アレルギー学会指導医。日本小児科学会指導医。

小児科学会専門医・指導医。アレルギー学会専門医・指導医・代議員。1998年 鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院・関連病院での勤務を経て、2007年 国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初のアトピー性皮膚炎発症予防研究を発表。医学専門雑誌に年間10~20本寄稿しつつTwitter(フォロワー12万人)、Instagram(2.4万人)、音声メディアVoicy(5500人)などで情報発信。2020年6月Yahoo!ニュース 個人MVA受賞。※アイコンは青鹿ユウさん(@buruban)。

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