ランナーズハイは進化の適応

2012.05.11
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2011年にメキシコのチワワ州で行われたウルトラマラソンで走るタラウマラ族のランナー。

Photograph by Marcos Ferro, Aurora Photos
 走る快感は進化に基づくものかもしれない。ランナーズハイとして知られる快感の元は何かを調べた最新の研究によると、人類は走るべく進化してきたのだという。 この研究論文の共著者で、フロリダ州セントピーターズバーグにあるエッカード大学の生物学者グレッグ・ガーデマン(Greg Gerdeman)氏によると、ランナーズハイは、中程度ないし強度の有酸素運動中に、エンドカンナビノイドと呼ばれる天然の化学物質が脳内の「快感」関連領域で作用するときに生じるという。

「エンドカンナビノイドは、脳内の大麻(マリファナ)様物質と言われることが多い。エンドカンナビノイド分子と大麻は、同じような細胞受容体を活性化するからだ」。

 ガーデマン氏らは、活動的な動物には、そうでない動物以上に、走ることに適した仕組みや、走ることで快感を得る仕組みが備わっていることを検証しようと考えた。そこで、走る力を持つ動物である人間とイヌと、活動性の低い動物であるフェレットを比較する実験を準備した。

 研究チームを率いたアリゾナ大学のデイビッド・ライクレン(David Raichlen)氏は、10人の被験者を集めてランニングマシンで走ったり歩いたりしてもらうと同時に、8匹のイヌと8匹のフェレットを特別に訓練して、同じようにランニングマシンで走ったり歩いたりできるようにした。被験者と被験動物には30分間の運動をさせ、その前後に採血をした。

 その血液を分析したところ、イヌと人間の全員で、運動後にエンドカンナビノイドの1種、アナンダミドが増加していた。しかしフェレットでは運動後もエンドカンナビノイドの濃度に変化はなかった。

 研究チームは、人間の被験者を対象に、気分を評価する調査票に記入をしてもらった。その結果、全員が運動後に気分が良くなったと回答した。しかも、アナンダミド濃度の上昇が大きい人ほど気分の高揚も大きかったとガーデマン氏は説明する。

 運動型の種には、走る動機づけがランナーズハイという形で初めから備わっていて、フェレットなどそうでない種には備わっていないという説を支持する結果だった。

◆ランナーズハイが進化に影響?

 この発見は、人類を長距離ランナーに進化させた要因を示唆するものかもしれない。長距離を走るというのは、体力を消耗するだけでなく、「捕食者が支配する場所でケガをする危険性も高まる」とガーデマン氏は指摘する。

 初期の人類がランナーズハイを経験したなら、「それは神経学的な報酬となる。繰り返しその行動を取ることを促したことだろう。しかし、進化上の本当の眼目は、その行動を取ることにより生存と繁殖の確率が高まるという点にあったはずだ」とガーデマン氏は話す。

 例えば、狩猟採集生活をしていた人類に持久力が備わったら、長い距離を走れないガゼルなどの獲物を捕まえることができただろう。この進化戦略は、初期の人類を優れたハンターにした可能性が高いと研究論文では述べられている。

 人類の進化を専門とするハーバード大学の生物学者ダン・リーバーマン氏は、ランナーズハイが古代のハンターたちの注意力を高めた可能性もあると指摘する。「ランナーズハイになると、すべてが強烈に感じられる。青い色はより一層青く見える。意識が研ぎ澄まされるのだ」。

 リーバーマン氏とデニス・ブランブル氏は2004年に共同で、人類は約200万年前に長距離を走るように進化したという説を発表した。リーバーマン氏とブランブル氏はこの説の根拠として、しなやかな腱や短い前腕など、身体的な適応をいくつか挙げた。

 今回発表された研究は「この説を拡張し、身体的な特徴だけでなく、神経学的な特徴からも説明するものだ」とリーバーマン氏は話す。「われわれの祖先にとって、狩猟や採集のために長距離を走ることが重要だったとしたら、その行動を導くフィードバックの仕組みがあったと考えていい。ランナーズハイは、その種の(正の)フィードバックとなる」。

◆人類は走るべく進化した

 現在では夕食の獲物を追いかける必要のある人はほとんどいないが、それでも人間にとって走ることは有益だと研究者たちは口を揃える。

「人間の生理が、効果的に運動できるよう進化してきたのだとしたら、人間の心臓血管系の健康や、代謝の健康、そして心の健康が(運動に依存している)理由はそこにあるのかもしれない」とガーデマン氏は話す。

 リーバーマン氏は、「より大きな問題は、(多くの)人が自分の体をわかっていないことだ」と付け加える。「定期的に、純粋に体を動かすということがどういうことかを理解していないのだ」。

 例えば、リーバーマン氏によると、狩猟採集生活をしていた平均的な初期人類は、1日に9~15キロ歩いていたという。好むと好まざるとにかかわらず、「われわれの身体は運動をするように進化してきたのだ」と同氏は話している。

 ランナーズハイについての研究は、「Journal of Experimental Biology」誌の4月号に掲載された。

Photograph by Marcos Ferro, Aurora Photos

文=Christine Dell'Amore

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