第5回 危機に瀕するオランウータンとその研究
それは、捕食だ。オランウータンが何を食べるかではなく、オランウータンが食べられる方の話。多様な動物相が残っている原生林ゆえに、観察できたともいえる。
「私達、ダナムバレイで、今までオランウータンの頭骨を2つ入手しているんです。骨はワシントン条約とか、いろいろな規制に引っかかって持って帰って来れないので、型を取ってきました。で、ここを見てもらいたいんですけど」
久世さんが指差す頭骨には、穴が空いていた。別に眼窩などではなく、不自然に開いた穴だ。
「若い個体の頭骨だと思われるのですが、穴の形が怪しい。鋭角になっているので、犬歯が食い込んだ跡ではないかと。もしも、これが何者かに噛まれたのだとしたら、ここにはトラはいないので、中型ネコ科のウンピョウだろうか、ですとか。これから形態学の研究者の方と一緒に詳しく調べる予定です」
実は、久世さん達が入手した2つの頭骨とは別に、ダナムバレイでは、2006年、推定6歳の個体が、大怪我をして亡くなる事件があった。この時は背中を噛まれていて、歯の跡が残っていた。襲ったのはやはりウンピョウが疑われている。
こういった捕食が、実はかなりあって、オランウータンの繁殖、子育ての成功に、一定の影響を与えているのかもしれない。6歳といえばボルネオのオランウータンは巣立ち始める時期で、スマトラのオランウータンはまだ母親と一緒にいる。もう少し長く母親が一緒にいれば、避けられたことなのかもしれず、繁殖戦略にも関わっていることだ。ダナムバレイの「捕食」についての知見は、野生オランウータン研究の次の大著が編纂される時、新たな一章を付け加える可能性があるものだ。
結局、野生のオランウータンが、どんなふうに暮らしているのかというのは、本当に分からないことの方が多い。さきほど挙げたような興味深い「断片」をひとつながりの物語にするには、実際のデータで地道に検証していくしかない。