2024年1月6日、米国サウスカロライナ州沖で絶滅が危惧されるタイセイヨウセミクジラの子どもが目撃された。子どもは船のスクリューと接触してできたと思われる深い傷を頭、口、唇に負っており、米国海洋大気局(NOAA)の関係者は、傷が原因で子どもは母乳が飲めず、死んでしまうだろうと予想した。
約1週間後、子どもが再び目撃された時、傷は治りつつあるようだった。しかし子どもの命はもとよりタイセイヨウセミクジラの存続に関して専門家たちの懸念は続いたままだ。
タイセイヨウセミクジラ(Eubalaena glacialis)は主に19世紀の乱獲が原因で、2022年の時点でわずか356頭まで数が減ってしまった。船舶との衝突や漁具によるトラブルはいずれタイセイヨウセミクジラを絶滅に追い込んでしまうのだろうか。(参考記事:「動物大図鑑:セミクジラ」)
捕鯨業にとって「適切な」クジラ
1851年の小説『白鯨』の中で著者ハーマン・メルヴィルはタイセイヨウセミクジラを「人間によって初めて定期的に捕らえられるようになった海の最も尊敬される生き物」と書き表した。
タイセイヨウセミクジラの英語名はNorth Atlantic right whale(北大西洋の「適切な」クジラ)だ。油脂とヒゲを狙ってクジラを捕獲していた捕鯨業にとってタイセイヨウセミクジラはまさに「適切な」クジラだった。沿岸部で見つかることが多い上、泳ぎが遅く、死ぬと浮かび上がってくるため、銛(もり)を打ち込んで殺し、甲板に引き揚げるのは容易だった。
クジラの保護が始まった1930年代には、かつては2万1000頭ほどいたとされるタイセイヨウセミクジラは絶滅しかけていた。「ほんの数十頭まで落ち込んでいたと考えられていました」と、米国ニューイングランド水族館の上席研究員であるエイミー・ノウルトン氏は言う。
2010年には500頭近くまで回復したが、2015年ごろからは再び落ち込み始めている。現在はほぼ横ばいだが近絶滅種(critically endangered)であることに変わりはない。今期生まれた14頭の子どもの内、1頭は重症を負い、2頭は行方不明だ。(参考記事:「北大西洋の絶滅危惧セミクジラ、痩せすぎが判明、科学者ら危惧」)
「都市で暮らすクジラ(urban whale)」というあだ名が付くタイセイヨウセミクジラは、米国フロリダ州からカナダ大西洋州に至る海岸線近くで出没することが多く、繁殖地を含めた生息地は、海上交通路、漁場、レクリエーション用ボートの航行区域と重なっている。
特に船舶と衝突しやすい母親と子ども
船舶との衝突はタイセイヨウセミクジラが直面する主な脅威の1つだ。特に大きな危険にさらされるのは海面で過ごすことが多い母親と子どもだ。しかし、船から見つけるのは非常に難しく、「訓練を受けている人でも、なかなか見つけられません」と、米国の天然資源保護協議会(NRDC)の上席研究員であるフランシーン・カーショー氏は言う。