白人奴隷主になりすました妻、奴隷夫妻の白昼の脱出劇

19世紀米国、多くの奴隷が自由を求めて果敢に北部への脱出を試みた

2022.02.18
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奴隷として生まれたエレン・クラフトは、変装して夫と一緒に脱出に成功した。1860年に描かれた、1848年脱走時の彼女の姿。(MARY EVANS/ACI)
奴隷として生まれたエレン・クラフトは、変装して夫と一緒に脱出に成功した。1860年に描かれた、1848年脱走時の彼女の姿。(MARY EVANS/ACI)

 19世紀の米国南部では、多くの奴隷たちが自由を求めて果敢に北部への脱出を試みた。その多くは、奴隷の監視人や地元当局の目を避けるため闇にまぎれて行われた。だが、エレン・クラフトとその夫ウィリアムのやり方は違った。彼らの大胆な脱出劇は、白日の下に行われたのだ。

奴隷として生まれた二人

 エレン・クラフトは1826年、ジョージア州クリントンに生まれた。父親は白人のジェームズ・スミス大佐で、アフリカ系米国人の母親マリアはスミスの奴隷だった。エレンは肌の色が明るく、スミスとその妻との間に生まれた子供たちにもよく似ていた。

 そうした背景もあるだろう。1837年、スミスは自分の娘に、11歳のエレンを結婚祝いとして贈った。幼いエレンは、生まれた場所から25キロほど離れたジョージア州メーコンに住み、メイドとして働くことになった。

 エレンが夫となるウィリアム・クラフトといつ、どのように出会ったのか、記録には残っていない。ウィリアムは1824年にジョージア州の田舎で生まれた。一家全員が同じ奴隷主に所有されていたが、ウィリアムの幼少期に残酷にも家族は離ればなれになった。回顧録で彼はこう語っている。「私の主人は、父と母を売ったのと同じように、大切な兄と妹も売った。父母や他の年老いた奴隷を処分した理由は、『年を取ってきたので、市場で価値がなくなるから』だった」

「妻が白人に近かったので、病弱の紳士に変装させて、私の主人だと思わせようと考えた」とウィリアム・クラフトは述べている。1840年の肖像画。(FOTOSEARCH/GETTY IMAGES)
「妻が白人に近かったので、病弱の紳士に変装させて、私の主人だと思わせようと考えた」とウィリアム・クラフトは述べている。1840年の肖像画。(FOTOSEARCH/GETTY IMAGES)

 ウィリアム自身は16歳で売られた。彼は子どもの頃に家具職人の見習いをしており、優れた腕を持っていた。そこで、新しい主人はウィリアムを大工として他の家で働かせた。収入の大半は回収されたものの、ウィリアムもわずかな額を手元に残すことを許された。エレンとウィリアムは奴隷であり、所有物とみなされていたものの、他の奴隷よりも条件は恵まれていたと言える。そのひとつに、主人からもらった通行証があった。これがあれば、家を離れてメーコン周辺へ出かけることもできたのだ。

綿密な計画

 1846年に結婚したエレンとウィリアムは、家庭を持つことに不安を感じていた。一家離散というトラウマを持つ二人は、子供と引き離されることを恐れたのだ。二人が家庭と未来を築くには、ジョージア州を脱出するしかなかった。当時、ジョージア州は全米でも有数の奴隷人口を抱えていたため、脱出計画は慎重かつ巧妙に練らなければならない。

 夜間の脱出が困難なことを知っていた2人は、奴隷商人や奴隷監視人の裏をかく計画を立てた。エレンの肌色を利用して、白昼堂々、北部まで旅をするのだ。エレンがウィリアムの主人を装うことになったが、白人女性が黒人と二人きりで旅行していては怪しまれると二人は考えた。そこで、エレンは若い白人男性のふりをすることにした。

ギャラリー:白人奴隷主になりすました妻、奴隷夫妻の白昼の脱出劇 写真5点(写真クリックでギャラリーページへ)
ギャラリー:白人奴隷主になりすました妻、奴隷夫妻の白昼の脱出劇 写真5点(写真クリックでギャラリーページへ)
奴隷としての二人の体験をつづった書『Running a Thousand Miles for Freedom(自由を求めて1000マイルの逃亡)』。18世紀から19世紀にかけて、黒人の書き手は奴隷生活や逃亡劇に関する個人的な体験を発表した。奴隷制の恐ろしさを伝えたこれらの作品群は、米国における奴隷制を終わらせるための重要な役割を担った。

 まずは髪を短く切り、男装をする。そして、旅の途上で捕まりやしないかとの恐怖を覆い隠すべく、帽子をかぶり、緑色のメガネをかけた。さらに、顔には湿布を貼り、髭がないことを隠した。

 ジョージア州では奴隷に読み書きを教えることが違法であったため、ウィリアムもエレンも読み書きができなかった。そのため、エレンは移動や宿泊のための登録書類にサインをしなくて済むよう、腕に包帯を巻いた。なぜ北上しているのかと聞かれれば、特別な医者に診てもらうためだと答えるのだった。

次ページ:「主人と奴隷」になりすました二人の道中

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