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小学生の女の子がHIV陽性!その解釈は…

2015/05/25
忽那賢志

 国立国際医療研究センター国際感染症センターの忽那(くつな)です。この連載は複雑に入り組んだ感染症診療に鋭いメスを入れ、様々な謎や疑問を徹底的に究明するものです。

 今回は、感染症の検査における感度と特異度について考えてみたいと思います。感度とか特異度とか言うと「おっ、このオッサン急に難しいこと言い始めたな」と思われるかもしれませんが、そんなに難しくないので最後まで読んでみてください。

感度・特異度ってどういうこと?
 感度とは「その疾患を持つ人が検査を行った場合に陽性となる頻度」であり、特異度とは「その疾患を持たない人が検査を行った場合に陰性となる頻度」です。これだけ聞くと何を言っているのか分からないと思います。僕も自分で言っててよく分かりません。

 皆さんはHIV感染症のスクリーニング検査の精度をご存知でしょうか?現在一般的に用いられているスクリーニング検査は第4世代の抗原・抗体検査です。この検査の感度は100%、特異度は99.8%とされています1)。これはどういうことかと言いますと、例えばHIV感染症の方が100人いたら100人が検査陽性となり、HIV感染症ではない方が1000人いたら998人は陰性(2人は陽性)となる、ということです。

 われわれが日頃よく使っているインフルエンザの迅速診断キットの感度は62.3%、特異度が98.2%です2)。これは、インフルエンザの人が100人いれば大体60人が陽性になり、インフルエンザでない人が100人いればほとんどの人が陰性になるということです。つまり、陽性であればかなり信頼できるものの、陰性であったからといってインフルエンザではないとは言えないということです。

 インフルエンザの迅速検査と比べると、HIVスクリーニング検査は感度も特異度も優れており、いかに精度の高い検査であるかお分かりいただけるかと思います。でも、注意すべき点としては、HIV感染症ではない人でも1000人に2人は陽性になってしまうんですよね。

 これからお話しするのは、この検査の解釈を間違ってしまったがゆえに起こってしまった悲劇です。

 関西にある某県には、エイズ治療拠点病院()が2施設ありました。一つは大学病院で、もう一つは地域の市中病院です。この市中病院は1年前にエイズ治療拠点病院に認定され、1カ月前から感染症医として新しく赴任した新進気鋭のK医師を中心に地域のHIV診療に貢献するべく頑張っているところでした。

 ある日、感染症医であるK医師が外科医であるA医師に呼ばれました。ちょっと困ってるから来てくれ、と。K医師が外科外来に行ってみると、そこには患者さんが横たわっていました。小学生高学年くらいの女の子です。外科医Aによると、患者さんは虫垂炎であり、すぐに手術が必要な状態とのことでした。しかし、困ったことに術前検査として行ったHIVスクリーニング検査が陽性になってしまったとのことで、K医師が呼ばれたわけです。

 外科医Aが言うには、HIV感染症の患者は、この病院では手術はできないとのことでした。K医師は外科医Aの言葉に驚きました。「手術ができない?あれ…この病院はエイズ治療拠点病院だったはず…。エイズ治療拠点病院でHIV感染患者の手術をしないってどういうことだ…。がん拠点病院が『がん患者は手術お断り』って言うようなもんだろ…」と。

 そうです。実はこの病院は、日本各地に存在すると言われる、エイズ治療拠点病院とは名ばかりの“なんちゃってエイズ治療拠点病院”の一つだったのです。K医師はとんでもないところに来てしまったと思いましたが、なんとか外科医Aを説得しようと試みました。

 エイズ治療拠点病院:地域におけるエイズ診療の中核的役割を担い、重症患者へ専門的な医療を提供するために整備された病院。各都道府県に2カ所以上設置されることが望ましいとされている。

著者プロフィール

くつな さとし氏●2004年山口大学医学部医学科卒。関門医療センター、市立奈良病院などを経て、2012年から国立国際医療研究センター国際感染症センターに勤務。趣味はお寺巡りとダニ収集。

連載の紹介

忽那賢志の「感染症相談室」
感染症にまつわる臨床現場でのさまざまな謎や疑問を徹底的に究明。複雑に入り組んだ感染症診療に鋭いメスを入れていきます。

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