トヨタの「C-HR」や、マツダの「CX-5」など、SUVの人気はとどまるところを知らない。そんなSUVの歴史と発展、さらには最新トレンドまで、モータージャーナリストの森口将之氏が解説する。
従来のブランドイメージからすると、その存在が信じられない、ベントレー「ベンタイガ」。このほか、ジャガーやマセラティといったプレミアムブランド、さらにはスーパーカーで知られるランボルギーニまでSUVを投入する予定があり、今後ますます世界的に盛り上がることが予想される
SUVというジャンルは1960年代のアメリカで生まれた。ピックアップトラックをベースとして、荷台にシェルと呼ばれる屋根を被せ、多用途に使えるようにしたものだ。つまり、それ以前から存在した「ジープ」や「ランドローバー」、トヨタ「ランドクルーザー」などとは違い、オフロード走行は前提としていない。よって昔から2輪駆動のSUVもあった。
SUVとは「スポーツ・ユーティリティ・ビークル」の略だが、ここでいうスポーツとはスポーツカーのような、走りを楽しむという意味ではない。そもそも「ユーティリティ・ビークル」とは商用車のことで、ピックアップトラックもここに含まれる。これをベースに車体後部に遊びのための空間を用意した車種なのでSUVと名乗ったようだ。
しかし、1980年代になると最初からワゴンボディを用意したSUVが主流となり、続く1990年代にはメカニズムで革新が起こる。後輪駆動のトラックではなく、前輪駆動乗用車のプラットフォームやパワートレインを用いたSUVが生まれたのだ。その先駆けは、1994年に発表されたトヨタ「RAV4」である。
続いて1997年。同じトヨタがRAV4よりひとまわり大柄な「ハリアー」を送り出す。成り立ちは似ていたものの、北米ではレクサスブランドで販売されるプレミアムモデルだったことが大きな違いだった。
RAV4、ハリアーともに、それまでのSUVとは一線を画したモダンでスポーティーなデザインや、舗装路での洗練された走りをものにしたことで、大ヒットとなった。近年世界で売れ筋となっているのは、この2台の発展形といえるコンパクトSUVやプレミアムSUV。つまり今のSUVのトレンドを作ったのはトヨタだった。
もっとも当時、SUVが人気だったのはもっぱら北米で、日本では「悪路や雪道を走らないからSUVはいらない」という声が多かった。いっぽう日米より平均速度が高い欧州では、高速走行時の安定性でセダンやワゴンに劣るという意見が主流であり、やはり人気はイマイチだった。
1997年に登場したトヨタ「ハリアー」は、FFの乗用車をベースにしており、街乗りに向いた洗練された走りとデザインで人気を集めた
ところが21世紀を迎える頃になって状況が変わってくる。ドイツのプレミアムブランドが北米向けとしてハリアーの対抗馬を次々に送り出してきたのだ。メルセデス・ベンツ「Mクラス」(現在の「GLEクラス」)、BMW「X5」、ポルシェ「カイエン」などである。
なかでも注目されたのはカイエンだった。「911」や「ボクスター」など、2ドアのスポーツカーしか売ってこなかったポルシェにとって、初の4ドア車でもあったからだ。ポルシェ自身、成功するかどうか確信が持てなかったのか、フォルクスワーゲン「トゥアレグ」との共同開発・生産としている。ところがカイエンは世界的に大ヒット。その結果、2つの流れが起こった。
ひとつは欧州で、ひとまわり小さなSUVが待望されたことだ。さすがの欧州も21世紀に入って地球環境問題が深刻になったことを受け、以前ほど高速で走る人は少なくなっていた。つまりSUVのように背が高いクルマでも、空気抵抗や走行安定性などのデメリットが出にくくなっていたのだ。
むしろシートが高めなので乗り降りしやすく、目線が高いので運転しやすいなど、メリットのほうが多かった。しかもデザインはセダンやハッチバックよりフレッシュで遊び心にあふれていた。でも北米向けに生み出されたカイエンなどは、欧州の道には大きすぎるのもまた事実だった。
ポルシェ初の4ドア車でもあった「カイエン」。世界的なヒット車だが、北米向けに設計されたため、欧州向けにはサイズが大きく、小型SUVの登場につながった
そこに登場したのが日産の「デュアリス(欧州名、キャシュカイ)」と「ジューク」だった。日産はルノーとアライアンスを組んでおり、ほかの日本メーカーより欧州事情に明るく、「サファリ」や「テラノ」などでSUVの設計経験も豊富だった。その経験を生かして2007年にデュアリス、2010年にジュークを送り出し、いずれもヒットに結び付けた。
この頃には日本でも、欧州プレミアムブランドのSUVが一部で注目されてきたこともあり、オフロード性能ではなくファッション性に惹かれてSUVを選ぶ人が多くなりつつあった。これに対応するように日産以外のメーカーも動き出した。
2012年には富士重工の「スバルXV」とマツダ「CX-5」が登場し、翌年にはホンダが「ヴェゼル」を発売した。その後も2015年にはマツダが「CX-3」を、そして昨年2016年はRAV4以来沈黙を守っていたトヨタが「C-HR」を送り出し、いまや国内市場でももっとも活気のあるカテゴリーのひとつになっている。
先日発売されたマツダの2代目「CX-5」。先代モデルの人気は高く、マツダの経営を支える重要なモデルとなった
もうひとつ、カイエンのヒットは従来SUVを手掛けていなかったブランドに、「ウチでもいける」という自信を持たせるきっかけになった。よって欧州でニューカマーが次々に登場することになった。
日本車がライバルとなるコンパクトSUVでは、2008年に日本で発売されたVW「ティグアン」に続き、ミニ「クロスオーバー」、プジョー「2008」および「3008」、ルノー「キャプチャー」、フィアット「500X」が登場している。しかし、これよりも動きが顕著だったのはプレミアムブランドのほうで、昨年2016年はジャガー、マセラティ、ベントレーが相次いで新型車を日本に導入。さらには、ロールス・ロイスやランボルギーニもSUVを出すと言われている。
ランボルギーニはミッドシップのスポーツカーしかなく、それ以外のブランドはセダンとクーペ、コンバーチブルのみで、いずれも背の高いクルマを手掛けるにはブランドイメージが許さない雰囲気があった。しかし、その壁をポルシェが突破してくれたおかげで、ワイドバリエーション化による顧客層拡大が実現できると決断したのだ。
筆者は昨年から今年にかけて、ジャガー「Fペイス」、マセラティ「レヴァンテ」、ベントレー「ベンテイガ」に相次いで乗った。デザインにSUVならではの演出はほとんどなく、乗り込む際こそ車高の高さを感じるものの、走り出してしまえば逆にSUVであることを意識することはほとんどない。唯一ベンテイガの荷室に、なんとも豪華な作りの折り畳み式ベンチが用意されていたことが、SUVらしさを感じさせるディテールだった。
いずれも4WDであり、最低地上高も高めに取ってはいる。オフロードのための走行モードを備えた車種もある。しかしこうしたスペックは悪路を本気で走破するためというより、セダンやクーペとは違う世界感を演出するためのアイテムという感じがした。これらのブランドにおけるセダンとSUVの差は、むしろセダンとクーペの違いに近い。
ラゲッジスペースには、革張りの豪華な折り畳み式ベンチが備わる。都会派のベントレー「ベンテイガ」でSUVらしさをイメージさせるのはこの部分くらい
同じ輸入車のコンパクトSUVではさらなる割り切りが見られる。ミニ「クロスオーバー」とフィアット「500X」以外は4WDモデルを用意していないのだ。旧型では4WDの設定があったVW「ティグアン」も、今年日本で発売された新型は前輪駆動のみである。プジョーやルノーはフランス生まれらしくハッチバックとは異なるデザインテイストを盛り込んでいるものの、それ以外はプレミアムSUV同様、ブランドとしての統一感を重視したデザインが多い。
新しいティグアンの国内向けモデルはFFのみ。オフロード走行はしないと割り切り、価格を重視したモデル構成だ
つまり現在のSUVのトレンドをひと言で言えば、「ファッション」である。日本はトヨタ「ランドクルーザー」やスズキ「ジムニー」など、オフロード4WDの車種が昔から豊富で、それらがSUVのジャンルに組み込まれたので誤解しているユーザーが多いようだが、ピックアップトラックの荷台にシェルを被せたという歴史から見ても、スタイルで選ぶクルマなのである。
ただし、注意してほしい点もある。ひとつは背が高く、オフロード性能を考慮して車体を強じんに作っているクルマもあるので、車両重量が同等のサイズのセダンやハッチバックより重くなり、燃費は伸びないことだ。たとえば、トヨタ「C-HR」のハイブリッド車は、同じパワーユニットを積む「プリウス」のJC08モード燃費が37.2km/L(燃費に特化したEグレードを除く)なのに対し、30.2km/Lと悪くなっている。
もうひとつは、これも背の高さが影響して、都市部に多いタワー式やパレット式の駐車場には入れない車種が多いこと。さらに全幅についても、ダイナミックなスタイリングや太いタイヤを採用する関係で、同クラスのセダンやハッチバックより広い場合が多いので注意したい。
だが、プレミアムブランドのSUVのところで説明したように、最新車種は走り出してしまえばSUVの欠点を意識することはほとんどない。上に書いたような条件をクリアできるなら、難しいことを考えずにファッションで選んでしまってもよいのではないかと思っている。
最近のSUVの多くは、走行性能や使い勝手は乗用車に近く、見た目のファッションで選んでもさほど問題はない