メダル候補・谷真海らの力強い味方、義肢装具士・臼井二美男氏…2020年東京パラリンピックを支える

スポーツ報知
東京パランピック2020のメダル候補・谷真海(トライアスロン)

 スポーツ報知web版では、56年ぶりに東京で開催される障害者スポーツの祭典、東京パラリンピック2020(開会式2020年8月25日、閉会式9月6日)を迎えるにあたり、パラアスリート(障害者アスリート)を支える側にスポットを当てた連載を月1回配信する。

 第1回は、日本の義肢装具士の第一人者・臼井二美男氏(64)(取材・構成=松岡 岳大)

 義肢装具士とは事故などで手足を切断した人のための「義肢」と、身体をサポートする「装具」をつくり、その人の体にあわせた適合を行う医療職。臼井氏は財団法人鉄道弘済会「義肢装具サポートセンター」(東京・荒川区)に研究室長として勤務し、1日約20人以上が訪れる切断障害者のため、日常用の義足などを製作することが仕事だ。それに加えスポーツ用の義足を製作している。足を切断した人がおしゃれを楽しむための「リアルコスメチック義足」や、妊婦のための「マタニティー義足」の開発も世界で初めて成功した。

 義足の種類は主に下腿(かたい)と大腿(だいたい)に分類される。下腿は膝よりも下を切断した人の義足で、大腿は膝よりも上を切断した人が履く。切断箇所がそれぞれに異なるため義足のソケット(残った足を入れる部分)はオーダーメードだ。残った足の部分が多いほど義足のコントロールがしやすいため、スポーツ義足の場合、各競技によって細かくクラス分けされている。特にスポーツを始めた頃はその変化が激しいので半年先の足の変化を考慮してスポーツ義足を製作する技術が義肢装具士には求められる。臼井氏は「スポーツをやりたいという切断している人に関わったら、当たり前に支援しています」と話した。

 誰でも靴に小石が入り込むだけで歩きにくくなる経験があるのと同様に、義足も少しのズレで歩行困難に陥ることがあるという。構成するネジ1本の回転でも微妙な調整が必要とされる。

 臼井氏が義肢装具士を目指したのは28歳の頃。都内の私立大を中退後、アルバイトを転々としていたが結婚を機に手に職を付けようと職業訓練校に通うことにした。その学校には義肢科コースがあり専攻するつもりだった。義肢に興味を抱いたのは、臼井氏が小学生の時、担任が義足を履いていたことを思い出したからだという。しかし、義肢装具士とはどのようなものかと入学前に鉄道弘済会「東京身体障害者福祉センター」(当時・中野区)へ顔を出したことが歴史の始まりとなった。同センターの職員に声を掛けられたことで職業訓練校には入学せずそのまま働くことにした。

 見習いからスタートし、その後正社員に。若輩だからといって切断患者を不安にさせないよう、朝早くから夜遅くまで働き多くの経験を積むことで一つの義足を任されるようにまでなった。義足の可能性について思いを巡らせるようになった頃、新婚旅行で訪れたハワイでスポーツ義足と出会い夢中になっていったという。

 後に多くのパラリンピアンを輩出する切断障害者陸上チーム「ヘルスエンジェルス」(現・スタートラインTokyo:SLT)を1991年に発足させ、義足ユーザーに走ることで両足が宙に浮く体験や、自身の身体で風を切る喜びを伝えるとともに、多くのパラアスリートもサポートし続けている。長い歴史の中で同チームの関わった人は300人を超えている。臼井氏はパラリンピックに、シドニー大会(2000年)、アテネ大会(04年)、北京大会(08年)、ロンドン大会(12年)、リオデジャネイロ大会(16年)と連続で選手のサポートに入った。

 同チームには2020年東京オリンピック・パラリンピックの招致に貢献した谷(旧姓・佐藤)真海(37)や、日本初の義足ジャンパー・鈴木徹(39)、女子走り幅跳びの日本記録保持者・中西麻耶(34)らがかつて所属。現在でも選手たちは義足のサポートを受けるために臼井氏を訪れる。臼井氏の中では、パラリンピアンたちは「名誉会員」としてSLTメンバーとして名を連ねているのだという。

 臼井氏は選手へ自ら提案を行うことはせず要望を聞くことに専念している。しかし大舞台に緊張し、あれこれ必要ない要望をしてくる選手には「調整したふりをして何もしないことがある」という。「話を聞くことで気持ちが落ち着けばとの思いでそうします。そのことによって普段通りのパフォーマンスを発揮する選手も多いのです」と優しい笑顔を見せた。

 東京パラリンピックまであと1年を切ったことに「マスコミとかメディアの取り上げてくれる機会が数年前から増えてきて、傾向としてはすごく良くなってきたと感じます」と話す一方で、「一般の方にはまだまだ周知が足りない。パラリンピックなんか興味がないという人は多いです。義務教育の中では情報が入ってくるみたいですけど、いわゆる大人と言われる人たちには頓着のない人がたくさんいるかな」と不安を口にした。

 さらに「パラ陸上大会が開かれる会場に来てくれる人は増えてきているけど、選手の関係者が多いですね。選手の身内だったり所属企業の応援団だったり。純粋に情報を得てパラ陸上を応援しに行こうとしてくれる人はまだまだ少ないです」と続けた。

 それでも同センターには、熱意を持って義肢装具士の世界へ飛び込んでくる若手も育ってきていて、スポーツ義足を履いて活発に活動する人も増えているという。トライアスロンやテニス、陸上の大会にパラ競技が数試合組み込まれるなど健常者と障害者の競技会が同時に開催される明るい兆しも見えてきた。

 そのため臼井氏は、若手の義肢装具士に「『スポーツ義足を作りたい』ではなくて、『スポーツ義足を履くような人を作り出す』というところからスタートしてもらいたい」と望んでいる。「私が関わっているスポーツ選手からスタートするというのでは新しい選手が生まれない。歩けなかった人、興味がなかった人に義足を作る中でいろいろな投げかけ、問いかけをしてスポーツに興味をもってもらうことが大事です」と話した。

 義足を使っている人は自身の体のことだけではなく仕事や経済的な面、精神的な面などをクリアしていかないと次に進めないという人が多い。臼井氏は「2回、3回(SLT)練習会に来なかったからといって切ってしまうと、こちらが主体となってしまう。あくまでその人を主体としてあげないと。いつ行っても受け皿としてある安心感が必要です」と語った。

 さらに「適合する義足を作るのは義肢装具士として基本中の基本、当たり前の仕事。その人の個性にあった義足を作ることはいつも心がけています」といい、「義足を履く人の生活だったり精神だったりはすごく大事です。経験も当然ですけど、人を見る目も養わないと。義足は継続して関わらないといけないので責任を持って臨んでいます。ごまかしが利かないです」と真面目な顔を見せた。

 臼井氏が主宰するスタートラインTokyoは、みんなでスポーツを楽しもうというチーム。アスリートを育成することだけが目的ではなく、切断障害などいろいろな障害を抱える老若男女数十人が毎月ともに汗を流している。実は記者も4度の心臓手術を経験した内部障害者で、義肢装具センターが近いため数年前からSLTに所属させてもらっている。チームは誰でも受け入れる雰囲気が充ちていて、みんな明るくパワフルだ。そこには臼井氏の開けた空気感がチームに伝わっていることがあるのだと感じている。さらに私は荒川区で障害者スポーツ指導員としても活動しているため、臼井氏やSLTメンバーに手助けしてもらうことが多い。女性メンバーは「切断ヴィーナス」として義足のファッションショーにも数多く出演し、チームは各地で義足体験会なども行っている。

 臼井氏は「主体は義足を履いているみなさんです」と義足ユーザーを第一に考えることを何度も強調。「これからも義足を作る上で考えられる技術はどんどん提供していきたいです」と語った。

 ◇スタートラインTokyo(旧・ヘルスエンジェルス)出身の主な東京パラリンピック2020メダル候補

 大西瞳(走り幅跳び、100メートル)、、鈴木徹(走り高跳び)、高桑早生(100メートル、200メートル)、谷真海(トライアスロン)、中西麻耶(100メートル、200メートル、走り幅跳び)、秦由加子(トライアスロン)、春田純(100メートル)、村上清加(100メートル、走り幅跳び) ※五十音順

 ◇東京パラリンピック2020出場競技日程

 ・陸上競技(オリンピックスタジアム)8月28~9月5日

 ・トライアスロン(お台場海浜公園)8月29~30日

【注目ポイント】スポーツ用義足の開発は世界各国で競い合っているが、オットーボック社(ドイツ)とオズール社(アイスランド)が圧倒的なシェアを誇っている。日本では福祉機器メーカー「今仙技術研究所」が臼井氏や総合スポーツメーカー「ミズノ」と共同開発を手がけている。国内には他に多数の義肢メーカーが存在。より強度を増し軽量化するなどの技術開発は日進月歩しており、スパイクやユニホームなど他のスポーツ用具と同様にアスリートを支える上で重要な要因になっている。スプリント種目を含め記録も伸びているが高性能化する義足を使いこなすためユーザー自身がさらにトレーニングを重ねることも求められている。

スポーツ

×