今も、故郷というものへの喪失感は強いですね

撮影日、着替えを済ませた山口さんが、全面ガラス張りの2階の部屋に上がってきたとき、雲の切れ間からすっと、太陽の光が差し込んできた。自他共に認める〝晴れ女〞。独特なシルエットの洋服を、生き生きとした動きで、とてつもなく魅力的に見せる。動きにも、言葉にも生命力が溢れるが、子供時代の話をするとき、その瞳が時々翳(かげ)る。その陰影の美しさに、今この瞬間にも、自分だけの物語を紡いでいる人だということを感じさせる。

それにしても、なぜそんなにも、20代の山口さんは、故郷に帰りたくなかったのだろうか。

「旅館を一人で切り盛りしていた祖母は、ほんとに大変そうだった。週末もよく宴会の準備や片付けを手伝わされました。友だちと遊ぶ暇があったら家で修業しろ、と。でも、自分を犠牲にして家業に尽くす祖母の生き方は、私にとって、ある意味良い反面教師だったのかもしれないですね。

私は『家』という宿命に縛られるのではなく、自分自身が後悔しない人生を自分で選び取りたいと、いつしか心の奥で強く願うようになりました。そして、定められた道から逃れるように、故郷から飛び出したわけです。だから今も、故郷というものへの喪失感は強いですね。自分の帰る場所がどこなのか定まらないまま、何かをずっと探し続けているような……。もちろん今は、唐沢さんが待つ家に喜んで帰って行きますが(笑)。

もっと原初的な、血のルーツとしての『故郷』って何だろうと考えたときに、胸を張って生まれた場所の名を挙げられない虚しさがある。本当の魂の故郷はどこなのだろうと……。でも今は、知らない世界を旅して、プライドを持って生きている人々に出会うことが、何より楽しい。遠い異国の地に無性に懐かしさを感じて、ときめきます。地球のいろんな風土に育まれた、色とりどりの文化の多様性ってすばらしい。美しい地球こそ、私の故郷です(笑)」

そうやって、〝旅する人生〞を選んだことを嚙み締めながら、「でも、もしかしたら、まだ非行少女がグレて家出している段階なのかも。人生を生きていくと、見方がどんどん変わっていくから、いつか自分の故郷を見直す時がくるかもしれないですね」と言って、少し達観した表情になった。