仕事を始めた理由は「田舎に帰りたくなかったから」

短大卒業後にモデルとしてデビューし、’88年、NHK連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』のヒロインに。その後は、『ダブル・キッチン』(’93年)『29歳のクリスマス』(’94年)『ロングバケーション』(’96年)などの大ヒットドラマに、続けざまに出演した。

「仕事を始めた理由は、極々シンプル。『田舎に帰りたくなかったから』。ほんと、不純な動機です(笑)。実家は当時、旅館を経営していて、一人娘の私は家業を継いで旅館の女将になるという道が定められていた。でも本心は揺らいでいて、20代前半の頃は、どうにか家業を継がないで済む方法はないだろうかと必死でもがいていました。

演技のお仕事は一時的なものだと親をだましだまし続けていくうちに、幸運にも途切れることなくお仕事をいただきながら、気づけば30歳。でも今度は、その不純な動機に対する負い目というか……。『こんな気持ちで芝居を始めた人間が、このまま続けていっていいのだろうか』という、いつも心にひっかかっていた疑問が徐々に大きくなっていきました」

山口さん曰く、俳優業は「どう学んだら何に繫がっていくのか。それが見えにくい職種」。何をどう勉強して努力していけばいいのか迷いながら、ただ目の前の仕事には一生懸命に取り組んでいくうちに、30歳を迎えた。人生の目標が持てないまま、傍目には順調にキャリアを積んでいるように見え、いつしか「カッコいい女」を象徴する存在となっていた。

「私自身の人生は、これから先もずっとずっと続いていくのだから、自分が何に興味を持って、何を学びたいかを明確にして、自分自身で合点がいくことをしてみたいと思ったんですね。だから、『ロングバケーション』以降、俳優の仕事からしばらく離れていたのも、とくに大きな決断をしたというわけじゃないんです。

結婚した直後だったこともあり、小さい頃に漠然と抱いていた『主婦になりたい』という夢をちゃんと実行してみようかなと。主婦って衣食住に関わって生活をクリエイトする仕事でしょ。面白そうだなと思って。それで家のことを楽しんでたら、あっという間に4〜5年経っちゃった(笑)」