「歴史に残るようなトリックを書いて褒められたい」──『このミス』文庫グランプリ受賞『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』鴨崎暖炉インタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2022/3/24

ページを見返さなくてもすむよう、わかりやすい名前に

──トリックを考えたあとに、物語を組み立てていくのでしょうか。

鴨崎:トリックありきな部分もありますが、同時並行ですね。伏線を張るシーンをあらかじめ洗い出して、そこをつなげて物語を作っていきます。キャラクター描写やストーリーの別の軸も、そこに入れていく感じです。

──この作品はキャラクターも魅力的ですよね。ライトノベルを書いてきたからか、会話も軽妙でとても楽しかったです。

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鴨崎:ラノベ作家を目指していたので、キャラクターはそっち系かもしれません。それが読みやすさにもつながったのかなと思います。

──登場人物の名前も、とてもわかりやすいですよね。ホテルの支配人なら「詩葉井さん」、女優のマネージャーなら「真似井さん」といった感じなので、スッと頭に入ってきました。

鴨崎:クローズドサークルもののミステリーを読む時は、「あ、この人は社長か」「この人は医者だっけ」と巻頭の人名リストを確認することが多いですよね。名前を見ただけで職業や人となりがわかると、わざわざページを見返さずにすむかなと思って属性や職業を名前と紐づけました。密室殺人現場やトリックの描写も、読者にちゃんと状況が伝わるか気をつかって書きました。

──書いていて楽しかったキャラクターは?

鴨崎:やっぱり蜜村(探偵役)と夜月(主人公の幼なじみ)は好きですね。夜月は、自分が一番書きやすいタイプのキャラクターです。

──恋愛に発展するのかなとも思いましたが。

鴨崎:あえて恋愛要素は入れませんでした。純粋にミステリーだけのほうがいいかなと思って。

──本格ミステリーでは、魅力的な探偵も不可欠です。この作品では、主人公と探偵役の蜜村がともに密室殺人の謎に挑みます。蜜村の名探偵ぶりを描くうえで大切にしたことは?

鴨崎:自分は超人的な探偵が好きなので、あまり迷うことなく、すぐに謎を解く人として描きました。読者の方には「こいつ、すごいな」と思ってもらいたいので、なるべくそう見えるように頑張りました。

密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック

続編にあたる次回作では、7つのトリックに挑戦!?

──そもそも鴨崎さんは、密室ミステリーのどんな点に面白さを感じますか?読む側と書く側、それぞれについてお聞かせください。

鴨崎:読む側としては、単純に解くのが楽しいところですね。どうやって解くんだろうって考えるのが楽しくて。書く側としては、思いつくまでは本当につらいんです。泣きそうになりながら考えるんですけど、思いついた時はものすごくうれしいんですね。新しいトリックを考えるという挑戦の楽しさがあるのかもしれません。

──作中では、「だって誰が犯人かなんて、密室の謎に比べたら遥かにどうでもいいことでしょう?」「推理作家は口が裂けても、『新しい密室トリックは存在しない』なんて言ってはならない。だってそれは自らの仕事を否定することになるのだから」など、ハウダニットやミステリーに対する思いも綴られていました。こうした登場人物の発言は、鴨崎さんの考えと重なるところがあるのでしょうか。

鴨崎:そうですね。自分の考えです。ミステリーを読んでいると、時々「犯人が誰かわかれば、トリックはどうでもいい」的なセリフが出てくるんです。それが個人的にはすごく嫌で、そのアンチテーゼとして逆のセリフを言わせました。

──「推理作家は口が裂けても、『新しい密室トリックは存在しない』なんて言ってはならない」という言葉については、いかがでしょう。

鴨崎:トリックに限らず、「今の時代、新しいものなんて作れない」みたいなことをよく言いますよね。何十年も前から同じことを言われているけれど、現実には新しいものが出てきているじゃないですか。ものを作る人間のはしくれとして、そういう考え方ってどうなんだろうなという思いがずっとあって。トリックに関しても、自分はまだ新しいものはあると思っています。これからもトリック中心にミステリーを書くなら、新しいものを見つける姿勢でやっていきたいなとの思いでこの一文を書きました。他の作家さんに何か意見があるわけではないんですけど、「あくまで自分としては、そこでちゃんと頑張っていきます」という意思表示です。

──デビュー作でこうした一文を入れるということは、鴨崎さんの決意表明なのかなと思いました。

鴨崎:そういうことにしといてください(笑)。

──ちなみに、数あるミステリー文学賞の中から『このミステリーがすごい!』大賞に応募したのはなぜでしょう。

鴨崎:毎年年末に発売される『このミステリーがすごい!』のランキングで1位を獲るのが夢だったので、『このミス』大賞は避けていたんです。宝島社から発売されたミステリーは、規定によってランクインできないので。でも、一度くらい挑戦しようかなと思って。倍率が高いので、ダメ元で送りました。

宝島社担当編集:2021年版から宝島社の刊行物も投票対象になったんですよ。

鴨崎:え……!!!

宝島社担当編集:確かに、以前は公平性を保つために自社刊行物は投票の対象外としていました。でも、『このミステリーがすごい!』大賞から素晴らしい作家さんも育っていますし、むしろ対象外とすることが逆差別になるのではないかと判断があったんです。そこで、宝島社の作品は対象外とするという規定はなくなりました。

鴨崎:え、初めて知りました……。頑張ってランクインするようなものを書きます……。

──ここまで直球の本格ミステリーが、『このミス』大賞を受賞するのも珍しいのではないでしょうか。

鴨崎:僕は、傾向と対策をまったく考えないんです。基本的にこういうミステリーしか書かないので、特に気にせず応募しました。だから、二次選考か最終選考かで落ちるだろうなと思っていたんですよね。絶望的な気持ちで電話を待っていたので、「通るんだ!」とびっくりしちゃいました。

──そういえば、応募作からタイトルも変わりましたね。『密室黄金時代の殺人』というタイトルはどのようにして生まれたのでしょう。

鴨崎:応募した時のタイトルは『館と密室』だったので、ちょっと地味すぎるかなと思って。文庫化にあたって150くらい案を出したんですけど、全部ボツになりました。それで編集部に提案されたのが『密室狂時代の殺人』というタイトル。チャップリンの映画『殺人狂時代』がありますが、僕は同じくチャップリンの『黄金狂時代』のパロディかなと思ったんです。「それなら『密室黄金時代の殺人』でいいんじゃないか」と考えて、偶然に生まれたタイトルです。自分としては気に入ってます。

──今後も本格ミステリーを中心に執筆を続けていくのでしょうか。

鴨崎:そうですね。本格ミステリー、できればハウダニットを中心に書きたいと思っています。密室中心にはなりますけど、アリバイとか他のハウダニットも書ければ書いてみたいですね。

──どんな作家を目指していますか?

鴨崎:大それたことですが、歴史に残るようなトリックを書きたいなと思っています。トリックを誰かに褒められるのが好きなので。

──先ほども、「褒められたい願望」を覗かせていましたよね(笑)。

鴨崎:日常生活ではあまり褒められないので。誰かに「あのトリックはすごかったね」という話をしてほしいなと思って頑張っています。

──次回作のご予定は?

鴨崎:さっき打ち合わせをしたばかりですが、続編を書く予定です。今度は孤島が舞台です。

宝島社担当編集:しかもトリックが7個になる予定なんですよね!

鴨崎:危険な道に踏み込んでしまった気もしますが(笑)。まだ、あと何作かはいけると思います。

──7つトリックを入れたら、その次は8つを期待されそうです。少なくとも、トリック2つとはいかないじゃないですか。

鴨崎:そこなんですよね……。まあ、同時に6つ出しちゃった時点でもう一緒なんで、次は7つ入れるつもりです。全部トリックはできているので、あとは話を考えるだけです。年内目標で、頑張らせていただきます……。

──最後に、ダ・ヴィンチWebの読者へのメッセージをお願いします。

鴨崎:とにかく密室をたくさん入れて、楽しい小説にしたつもりです。普段、密室ミステリーをよく読まれる方はもちろん、ミステリーとは縁遠い方にも楽しんでもらえるよう頑張りました。読んでいただけたら、とてもうれしいです。

鴨崎暖炉

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