広島、若コイ生き生き スカウトに聞く伝統の育成力
12年ぶりに勝ち越しターンを決め、プロ野球セ・リーグで23年ぶりの優勝を狙える位置につけている広島。12球団で唯一フリーエージェント(FA)による補強がないなど資金力に限りがあるなか、チームの原動力となっているのは成長著しい生え抜きの若コイたちだ。伝統の育成力、卓越したスカウト力の秘密はどこにあるのか。広島一筋でスカウトの道を歩む苑田聡彦スカウト統括部長(69)に聞いた。
■2軍で若手どんどん使い、大きく成長
今季はドラフト(D)1位の大瀬良(23)、同2位の九里(22)が先発ローテーション入りし、同3位の田中(25)も内野の控えとして存在感を見せる。チームは20代前半から半ばの若手選手が躍動する。投手では球界を代表するエースとなった前田(26、06年高校生D1位)をはじめ、12年新人王の野村(25、11年D1位)や今季中継ぎで飛躍を遂げた中田(24、08年D2位)。野手では丸(25、07年高校生D3位)や菊池(24、11年D2位)が不動のレギュラーとなり、堂林(22、09年D2位)ら有望株も多い。
「広島には育成という伝統がある。昔からの方針として、チーム内にこれから2~3年で伸びて1軍で活躍しそうな選手がいた場合、そこのポジションで他の選手を期待して取ることはない。その選手を2軍でどんどん使って力を発揮させる。そこで芽が出なかったら、仕方がないので新しい選手を取る。そういうシステムで2軍で若手を使っているので、伸びて大きく成長してくれているのかなと思う。もちろん即戦力は即戦力で考えていて、投手が足りないとなれば大瀬良のような選手をピックアップして指名することはある」
■注目のドラフト候補ばかり追いかけず
球界では毎年のように「高校生ビッグ3」「大学生ナンバー1右腕」などとうたわれ、話題を集めるドラフト候補がいる。だが、広島のスカウト陣は「注目選手」を必ずしも追いかけないという。
「いい選手と聞いたら、だいたいどのスカウトも追いかける。僕も最初はそうだったけれど、今はいい選手だからといって追いかけはしないし、取ることはない。うちは年齢バランスをものすごく重視しているので」
広島のスカウトの指針となっているのが「選手表」だ。松田元・オーナー兼球団社長が作らせたもので、チームの選手のポジションや年齢が表組みになっており、ポジションごとの「薄い年代」が一目瞭然だという。たとえばドラフト候補に即戦力の大学生と将来性がある高校生の2人の候補がいた場合、チーム内に22~24歳の実力者が数多くいるときは高校生の指名が優先される。長期的な視野に立った戦略だ。
「どのチームも補強ポイントがあるだろうが、うちは上の考えで年齢でもくくっている。もう20年くらい前になると思うけれど、オーナーからの要請で表を作ってから、いい選手ばかり追いかけなくてもよくなった。スカウトからしたら上の指示もあって動きやすくなった」
「表を見て、こことここに年齢の段差があるから補強しよう、となる。同じ年の選手が5人くらいいても、その選手が年をとったときにはバーッとその年代が空いてしまう。オーナーはそれを一番気にしている。表のおかげでうちはバランスよく選手が取れていると思う」
■好機で凡退、シュンとなる者はダメ
9人いる広島のスカウト陣が鋭いまなざしでチェックするのは、野球の実力だけではない。
「性格は重視する。野球は団体競技なので、ちゃらんぽらんな性格とか、性格が悪いとチームの和を乱す。それは選手自身の向上心にもつながってくる。練習中や試合中の姿を見ればだいたいわかる。打者ならチャンスに打てなかったとき、投手ならピンチに抑えられなかったときの態度なんかをね」
「僕は選手が一塁側のベンチだったら、すぐに三塁側に移動してその選手のベンチでの様子を見る。シュンとなってしまうようなのはダメ。『次は打ってかえしてやるぞ』とか『今度は仕返ししてやる』というような表情で、やられた選手をカーッと見てるとかね。そうなると次が期待できる。そういう選手はおとなしい選手が多い。やんやと騒ぐような選手はあまりたいしたことはない。内に秘めた闘志とでもいうのかな。そういう選手がチームに溶け込むと思う」
■無名に近かった金本、黒田を発掘
外野手からのコンバートで万能型内野手となった苑田氏は、1975年の球団初優勝にも貢献。77年に現役を引退してスカウトに転じ、金本知憲(91年D4位)や黒田博樹(96年D2位、現ヤンキース)ら多くの名選手を発掘してきた。ともにアマチュアでは無名に近い存在だった。
「黒田は専修大のときに見たけれど、なんで他球団は見に来ないのかなと不思議だった。東都大学2部リーグにいて、投球フォームは全然安定しておらず馬力で投げているような感じだったけれど、瞬発力や体幹など体の力がすごく強かった。投球もフィニッシュがぐっと利いて、スピードガンの球速以上に球の力が出ていた。よくなったのは3年の秋とか4年の春くらいで、特に右打者のインコースに投げる直球はちょっとシュートがかかっていて、即1軍で使えるような感じだった」
「鍛えれば何とかなると思って、ずっと追いかけた。2部だったからか他球団が来ていなかったけれど、(黒田の力について)不安になることはなかった。他球団は来るな、来るなと思っていた。ドラフト当日は、1位が沢崎(俊和)で、黒田は2位だったから心配だった。交渉権が決まったらすぐにサインしてもらった」
■選手にほれ、追いかけて何回も見る
後輩には自身の経験をもとに「選手にほれろ」と指導する。
「僕がスカウトとして駆け出しのころに、他球団には長老がいた。そういう人は、(有力選手から手を引かせるために)いい選手の悪口を言ってくる。『こんな選手はプロ野球では通用しないよ』とかね。いろいろな話を聞かされて、よくやられた。だから、僕は他球団の人と選手の話をしたことがない。自分の目を信じなかったら、この仕事はできない。他人の噂や話では判断できない」
「うちは、ほれた選手しか(上に)推薦しない。『欲しい選手にほれなかったら取るな』と言っている。(驚異的な守備範囲を誇り昨年ゴールデングラブ賞に選出された二塁手の)菊池も足と守備範囲の広さは大学の時からあった。ビデオを見てスカウト全員がほれて、最終的にはオーナーの判断でいこうとなった」
「やはり回数を見た人間が勝ち。1人の選手で年間30試合くらい見ることもある。自分がいいと思ったら、とことん追いかけて何回もその選手を見る。チャンスのときはこうで、ピンチの時はこうで、練習態度はこうなどと、いいところも悪いところも見る。いいと思ったら何回も足しげく通う気持ちでやらないと、いい選手は取れない。担当のスカウトはみんなよくやってくれていると思う」
■オーナーがスカウト会議に毎回出席
松田オーナーも毎回スカウト会議に参加するが、全幅の信頼を置いているスカウトの意見を尊重するという。
「春の会議では、北海道から九州まで、担当スカウトが全選手の名前を出して『この選手はこういう特徴があります』と報告すると、オーナーは全部紙に書いて聞いている。スカウトが1年目であろうと2年目であろうと話を聞いてくれるので、後輩にも全部言いなさいと伝えている。オーナーが会議に毎回出席しているのは、たぶん12球団でうちだけ。僕はカープだけしか知らないけれど、一番団結力があると思っている」
(金子英介)