Tシャツ・ドレス… みんな「カットソー」?
はやりすたりの激しいファッションの世界で、いつの間にか定着した「カットソー」という言葉。「カット・アンド・ソー」などとも呼ばれるが、どんな製品か説明できるだろうか。Tシャツなどに使われるジャージー生地を裁断・縫製して作る服のことだが、ピンとこないかもしれない。語源は英語の「cut and sewn=裁断・縫製された」という服の製法。高級感のあるTシャツを指すことが多いが、最近では「カットソーワンピ」などカットソーと名のつく衣類が増え、それらをまとめてカットソーと呼ぶことも。そのためか、「カットソーとTシャツは何が違うの?」という女性も意外に多い。広がるカットソーの正体を探ってみた。
バリエーションは様々
「今年らしいカットソーはジャケットインにおすすめです」。西武池袋本店(東京・豊島)にあるアパレル大手、オンワード樫山の婦人服ブランド「23区」の売り場では昨年末に一足早く2013年春夏ものとして並んだ商品に、こんな店頭販促(POP)が掲げられた。商品は「ペプラム」と呼ばれる流行のひだ飾りがついたTシャツで、価格は1万1550円と高め。綿にハリとコシのある素材を混ぜた生地は、肌着のようなTシャツより上品な印象だ。「コートの中に着るのに好評」と同売り場の篠崎綾乃店長。
百貨店の婦人服売り場では他のブランドでも「カットソー」の文字を見ることができる。伊勢丹新宿本店(東京・新宿)にある自主編集売り場「プライムガーデン」では、春夏ものの季節になると例年「カット アンド ソウン」の専用コーナーができる。カットソーは一定の"市民権"を得た言葉といえる。
これらの売り場でカットソーはTシャツを指すことが多いが、バリエーションは様々。伊勢丹では丸首のTシャツを指すこともあれば、タートルネックのシャツを指すこともあり「厳密な規定はない」(同店)。婦人服専門店によってはひだ飾りのついたドレスのような服だったり、丈の長いチュニックだったりする。共通するのはTシャツなどに使われるジャージー生地を裁断し、縫製して作っている点だ。ジャージーといっても体操服の「ジャージ」ではなく、その言葉の元の意味である編み物jerseyのこと。実はカットソーはセーターやカーディガンと同じ編み物なのだ。
編み物を生地にして縫製
一般的なワイシャツやスーツの素材は織物。織物は無数の縦糸と横糸を重ねて作るが、編み物は横糸または縦糸だけでたくさんの輪のような形をつくり、からげながら製造する。織物より伸縮性に富むのが特徴だ。編み物の技法は大きく「丸編み」「横編み」「たて編み」の3種類あり、それぞれ「丸編み機」「横編み機」「たて編み機」で作る。Tシャツなどは丸編み、毛糸のセーターなどは横編み、水着の生地などはたて編みが主流だ。横編み製品と異なり、カットソーは筒状に作られるジャージー生地を切っていったん平たい布にし、ほとんどの部分を織物のように裁断して縫うので「カットソー」というわけだ。つまり丸編み機で作ったジャージー生地を裁断して縫製した製品であればカットソーと呼べるのだそうだ。
もともとはメリヤス
編み物生産者が組織する日本ニット工業組合連合会(日本ニット工連)の中島健一理事長によると、1970年代までは、ウールのセーターも肌着も編み物はすべて「莫大小(メリヤス)」と呼ばれていた。肌着大手のナイガイによると、江戸時代に伝わったポルトガル語の「meias」かスペイン語の「medias」が変化した言葉で、伸縮性があることから「人の大小に関係莫(な)く着用できる」という意味の漢字をあてたという。丸編み製品は当初、肌着や靴下が中心だったが、60年代からTシャツやポロシャツ、トレーナーなど、普段の外出に着る「外衣」化が進む。
80年代になると、そうした外衣がカットソーと呼ばれるようになる。ファッションジャーナリストの日置千弓氏は「70年代後半に米国のデザイナー、ノーマ・カマリがTシャツの生地でデザイン性の高いワンピースやスカートを発表し、脚光を浴びたのがきっかけ」とみる。斬新で快適なカマリの服の製法を耳にした日本のファッション業界関係者が丸編み外衣を指す言葉として「カット・アンド・ソウン」などと呼び始め、徐々に一般の人にも広まったという。
女性の社会進出が普及後押し
カットソー普及の理由について、中島理事長は「女性の社会進出も関係している」とみる。
70年代ぐらいまでオフィスで働く女性はジャケットの中に男性同様、織物のシャツを着ていたが、80年代に入り活発に動きやすい丸編みのTシャツが通勤着として大ヒットした。形状はTシャツでも光沢のある高級糸を使ったものが多く、素材も綿から合成繊維へのシフトが進んだ。当初は「Tブラ(Tシャツブラウス)」とも呼ばれたが、高級感があり、フォーマルにも着られる服を、従来の肌着のようなTシャツと区別するために「カットソー」と呼ぶようになったらしい。カットソーは本来、丸編み生地の外衣すべてを指すのに、特にTシャツを指すことが多いのは、このあたりに原因があるようだ。
私たちの身の回りの衣類は急速に伸縮性があって楽ちんなカットソーに置き換わっている。矢野経済研究所(東京・中野)がまとめた11年の日本のアパレル小売市場規模は9兆502億円で、5年前より11.9%減少。これに対し、日本ニット工連がまとめたカットソーの国内供給量(セーター類や肌着を除く)は11年に11億4388万枚と5年前より10.6%増えた。金額と数量の比較なので価格が下がって流通量が増えている可能性もあるが、衣料品市場が縮小する中では大健闘といえそうだ。中島理事長は一般の人にカットソーが理解しにくい理由を「急速な広まりに消費者の認知が追い付いていない面もある」と指摘する。
パンツやジャケットも
英キャサリン妃が婚約記者会見で着て日本でも大ヒットした英国ブランド「イッサロンドン」のドレスはシルクの糸を使ったカットソー。最近では原子力発電所の事故で注目を集めた「節電ビズ」もカットソー普及の追い風になっている。ビジネスマンに人気の鹿の子素材のワイシャツ「ビズポロ」や、背広でありながら伸縮性のある「ジャージージャケット」はその代表選手。このほか、女性用の細身のパンツ「レギパン」など、以前は普段着にあまり使われなかったたて編みのカットソーも増えている。いずれもカットソーに分類できるが、一般の人がそう思っているとは限らない。
専門店によってはカットソーを省略し、「カット」を正式な商品名に使うところもある一方で、「カットソーは社内用語でお客の目に触れるところでは使わない」というところもある。"立場"はいまだ定まらないところもあるが、知らない間にあなたのワードローブもカットソーだらけになっているかもしれない。(堀聡)
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