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<世界最速のランナーに迫る> 男子マラソン 「人類は2時間の壁を破れるのか」~ゲブレシラシエ、マカウ、キプサング~ 

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善家賢

善家賢Masaru Zenke

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photograph byKenta Yoshizawa

posted2012/07/05 06:01

<世界最速のランナーに迫る> 男子マラソン 「人類は2時間の壁を破れるのか」~ゲブレシラシエ、マカウ、キプサング~<Number Web> photograph by Kenta Yoshizawa
フルマラソンの世界記録はどこまで縮まるのか。
大型ドキュメンタリー「ミラクルボディー」を製作した
番組ディレクターが、この答えに迫った――。
人類でたった3人、2時間3分台で走ったランナーたちに、
1年間に渡って密着し、明らかになった“真実”とは。

「ロンドンオリンピックのマラソンで、誰が優勝するかなんて予想することはとうてい不可能だ」

 NHKスペシャル「ミラクルボディー『マラソン最強軍団 持久力の限界に挑む』」の取材を始めた時、ある専門家に言われた言葉だ。

 当時は、この言葉の真の意味を理解していなかったが、男子マラソンの最前線を追いかけてみると、それが如何に的を射た“予言”だったのかが身に染みてよく分かる。

2時間3分台の境地に達した3人のランナーに、1年間密着取材。

 2011年から今年にかけて、男子マラソン界は、空前の記録ラッシュに沸いている。特に、ケニアやエチオピアといった東アフリカから、若き無名の選手たちが彗星の如く出現し、2時間4分台は当たり前、いまや3分台を巡る熾烈な記録争いを繰り広げている状況だ。実際、IAAF(国際陸上競技連盟)が発表している歴代の公認記録の上位100位を、この2カ国の選手がほぼ独占し、それ以外の国の選手はたった6人しかいない。

 今回の番組のテーマは、「人間の持久力の限界」。フルマラソンのタイムはどこまで縮まるのか?――その答えを探るために、42.195kmを2時間3分台で走った人類史上3人しかいない男たちを1年にわたって密着取材した。

 その3人とは、エチオピアのハイレ・ゲブレシラシエ(39歳)、ケニアのパトリック・マカウ(27歳)、そして、同じくケニアのウィルソン・キプサング(30歳)。

 彼らがトレーニングを行なっているエチオピアやケニアを訪ね、最新のハイスピードカメラで彼らのフォームを解析。着地の仕方や筋肉の使い方はもちろん、心肺機能の強さ、そして、MRIで心臓の大きさに迫るなど、様々な分析を行なった。

 3人を追う中で見えてきたのは、世界のトップとして君臨するためには、心肺能力、脚力、筋力といった能力を兼ね備えるだけでなく、さらなる“要素”が問われるということだった。マラソンを巡る状況は、新たなステージへと変化しているのだ。それが、最初に明らかになったのは、圧倒的な強さを誇示していた“皇帝”ゲブレシラシエが敗れた瞬間だった。

“皇帝”ゲブレシラシエに立ちはだかった、当時無名のマカウ。

 ロンドン五輪の出場を目指す皇帝は、2011年9月25日、ベルリンマラソンに出場した。

 もともと、1万m走などトラック競技出身のスピード・ランナーで、アトランタとシドニー五輪で1万m2連覇を果たしていた。トラックで栄光を掴んだゲブレシラシエはマラソンに転向すると2007年に世界新記録を樹立。2008年9月28日には、自らの世界記録を27秒縮める2時間3分59秒というタイムをたたき出し、人類で最初に3分台に到達したのだ。

 世界の頂点を極めた皇帝にとって唯一欠けていたもの、それが、マラソンのメダルだった。

「自分の年齢を考えると、ロンドン五輪が最後のチャンスとなるかも知れません。そのためには、まず、今回のベルリンで良い記録を出して、エチオピア代表の座を獲得しなければならないのです」

 だが、レース前にこう語っていた皇帝の前に立ちはだかったのが、当時、ほとんど無名だったケニアのパトリック・マカウだった。

【次ページ】 謙虚な姿勢から一転、新鋭が中盤で仕掛けた大勝負。

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