アラスカの石油開発に大統領が「待った」

石油を掘るか、自然保護か、アラスカのせめぎ合い

2015.02.13
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オバマ大統領は、北極野生生物保護区(ANWR)のうち4万8600平方キロ以上を原生地域に指定した。(Photograph by Peter Mather, National Geographic Creative)

 先週、米国のオバマ大統領は連邦政府が所有するアラスカ州の土地と海域において 、当面の石油探査を禁止する方針を打ち出した。対象となるのは北極圏国立野生生物保護区(ANWR) 内の土地4万8600平方キロと、ボーフォート海とチュクチ海にわたる4万500平方キロの海域だ。

 この政策は、米国の石油生産に大きな影響を与えることはないだろう。アラスカ州の石油産出量は米国全体の7%に過ぎず、今回指定された区域の大半は数十年前から商業利用が禁じられているからだ。

 それでも、アラスカ州の政治家たちは大統領の方針に強く抗議した。新たにエネルギー・天然資源委員会 の委員長に任命された同州選出の上院議員リーサ・マーカウスキー氏は、「わが州の主権に対する前例のない攻撃」として非難している。

18万頭余りのポーキュパインカリブーがANWRの沿岸平野部を繁殖地とする。(Photograph by Peter Mather, National Geographic Creative)

収入が枯渇するアラスカ

 他の国々は北極周辺の資源開発に積極的だ。ノルウェーは最近、北極海の一部であるバレンツ海の採掘地点を増やすと発表。同海域のゴリアト油田では、今夏に世界最北端の石油掘削リグで生産を開始する予定だ。

 現時点での世界最北端、ロシアのペチョラ海にあるプリラズロムノエ掘削リグでは、2014年に30万トンの石油を生産している。2012年と2013年には環境保護団体「グリーンピース」の抗議活動を受けたが、リグを所有するガスプロムは新たに4つの油井を掘削する計画だ。

 ロシアはルーブルの急落や各国からの経済制裁に苦しみながらも、西シベリア北部のヤマル半島で数十億ドル規模の事業に向けて動いている。通年航行が可能な港や液化天然ガス(LNG)生産プラントを建設し、埋蔵された莫大なガスをヨーロッパやアジアに輸出するというものだ。

 しかし、アラスカ州の動きは逆を行く。アラスカ北部のプルドーベイ油田は1977年に石油生産を開始、1980年代にピークを迎えた。当時、アラスカの石油生産量は米国全体の25%に達していた。しかし、石油埋蔵量を評価している米国地質調査所の地質学研究者 デビッド・ハウスネット氏によれば、プルドーベイの石油生産量は減少を続けており、近年では最盛期の10%近くにまで落ち込んでいるという。人口が少なく、所得税も消費税もないアラスカ州は、税収のほとんどを石油や天然ガスに頼っている。 だからこそ、アラスカ州は新たな石油採掘地の探査に強い意欲を見せているのだ。

1987年にプルドーベイで撮影された油井の写真。当時、アラスカ州ノーススロープの石油生産はピークを迎えていた。(Photograph by George Steinmetz, National Geographic Creative)

困難な埋蔵量探査

 ハウスネット氏によると、1980年代初頭にANWRで行われた地震波による地質調査から、周辺に採掘可能な石油が100億バレルも埋蔵されている可能性があると判明したという。米国の石油需要のおよそ1.5年分をまかなって余りある量だ。だがこの予測には不確かな面もある。2002年、プルドーベイの西にある広大なアラスカ国家石油保留地(NPRA)でも100億バレル以上が採掘可能と評価された。ところが2010年に試掘井が掘られると、ほとんどがガスだったと判明。推定埋蔵量は9割も下方修正された。

 オバマ政権は、ANWRでさらなる探査と採掘を行うのではなく、保護区を開発の対象としないという方針をあらためて強調した。環境保護団体「ウィルダネス・ソサエティ」のアラスカ地区ディレクター、ニコル・ホイッティントン・エバンス氏は「大統領が北極圏の保護区にある価値を認めてくれたのは大変喜ばしいことです」と歓迎する。「アラスカの自然は国の財産です。無数にいる渡り鳥、ホッキョクグマ、そして地元の人々が生活の糧とするポーキュパインカリブー(トナカイの亜種)の群れにとっても、重要な土地なのです」

イヌピアットの猟師たちが、チュクチ海から水揚げしたホッキョククジラの皮と脂肪をはぎ取っていく。(Photograph by Richard Olsenius, National Geographic Creative)

関心は沖合へ

 海域で新たに保護されるのは、チュクチ海の沖合に48キロにわたって広がる「ハンナ浅瀬 」と呼ばれる区域だ。水深わずか15~20メートルの浅瀬に二枚貝、カニなどが豊富に生息しており、それらを餌とするセイウチやアゴヒゲアザラシなどの海洋哺乳類にとって格好のすみかとなっている。

 この浅瀬は、ロイヤル・ダッチ・シェルが2012年に掘削を始めた試掘井から50キロと離れていない。アラスカ沖合の石油開発を目指す60億ドル規模の事業の一環だ。テキサス大学オースティン校の海洋科学者で、この地域で数年にわたり大規模な調査を主導しているケネス・ダントン氏は、「試掘場所はハンナ浅瀬の南にあります。海流は北上するので、油井から何か漏れれば、浅瀬に滞留する可能性があります」と懸念している。

2013年、アラスカ州政府の歳入は92%が石油とガスによる税収だった。石油生産の減少で多額の財政赤字を抱え、アラスカは新たな石油採掘を切望している。(Photograph by James P. Blair, National Geographic Creative)

文=Joel K. Bourne, Jr./訳=高野夏美

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