メコン川で複数の水力発電ダムの建設計画が進んでいる。流域の農業や漁業はどうなるのか。開発への期待と不安が入り交じる、住民たちの声を聞いた。

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ダム建設に揺れるメコン川

メコン川で複数の水力発電ダムの建設計画が進んでいる。流域の農業や漁業はどうなるのか。開発への期待と不安が入り交じる、住民たちの声を聞いた。

文=ミシェル・ナイハウス/写真=デビッド・グッテンフェルダー

 メコン川はチベット高原に源を発し、中国、ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジア、ベトナムをおよそ4200キロにわたって流れ、南シナ海に注ぐ。東南アジアで最長、アジア全体でも7番目に長い川だが、流域の住民にとって最も重要なのは、ここほど水産資源が豊富な川はほかにないということだ。
 カンボジアとラオスは人口1人当たりの淡水魚の漁獲量が世界で最も多い。流域の村々で食べ物といえば、魚を指すほどだ。メコン川には知られているだけで500種以上の魚が生息し、干ばつのときも大洪水のときも、さらにはカンボジアのポル・ポト政権下での大虐殺時代にも、何百万もの人々の生活を支えてきた。

 一方で、メコン川は長年、ダム開発の好適地としても注目されてきた。1960年代には、米国が下流部に水力発電ダムを建設しようとした。この地域の経済を成長させ、ベトナムで高まる共産主義の波を阻止するのが目的だったが、計画が足踏みしているうちにベトナム戦争が始まった。90年代に入り、メコン川本流に初めてダムを建設したのは、東南アジアの国ではなく、最も上流に位置する中国だった。

ダムができて漁業をあきらめた村人たち

 上流のダムで放流が始まると、村が冠水するおそれがある。中国政府は下流の国々に前もって警告することになっている。だが、タイ北部のメコン川西岸に位置する小さな村バン・パク・イン村の村長プーミー・ブントンの経験では、警告は遅過ぎるか、何も出されないことが多い。

 数百人が暮らすこの村には、コンクリートブロックで造られた住居が点在している。20年前には村長のブントンも、多くの村人と同じく漁業で生計を立てていた。しかし、中国が上流に一つ、また一つとダムを建設し、合計7基が完成するとメコン川は一変。水位が急激に変化するようになり、魚の回遊と産卵に影響を及ぼした。地元の産卵域は守ったものの、村の全員に行き渡るほどの漁獲量は確保できなくなった。

 ここ数年、ブントンをはじめ多くの村人が漁に使っていたボートを売り払い、トウモロコシやタバコ、豆の栽培を始めた。畑仕事は彼らにとっては不慣れな仕事で、収穫がなかなか安定しない。そこに頻発する洪水が追い打ちをかける。

 この村はいわば、メコン川流域の今後の姿を暗示する。中国ではさらに5基のダムの建設が進んでいる。下流のラオスとカンボジアでも、計画中か建設中の大規模なダムが11基あり、これまでダムがなかったメコン川本流の下流部もせき止められることになる。そうなれば魚の繁殖が阻害され、漁獲量が減って、6000万人が影響を受けると推定されている。

※この続きは、ナショナル ジオグラフィック2015年5月号でどうぞ。

編集者から

 ダム開発に伴う住民移転や環境破壊の問題は、これまで日本にもありました。ただ、メコン川が6000万人の食生活を支えていることを考えると、そこでのダム開発は、日本の河川にダムを造る場合と比べて、はるかに大きな影響を人々の生活に及ぼしそうです。最終的には流域諸国が解決するしかない問題ではありますが、これまで同じような経験をしてきた日本にも、何かできることはないのでしょうか。ラオスやカンボジアから電気を買うタイとベトナムは、日本の大都市の姿とも重なって見えます。エネルギー問題を抱えた日本人は、メコン川の事例からどんなことを学べるのでしょうか。(編集T.F)

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