百科事典マイペディア 「村社講平」の意味・わかりやすい解説
村社講平【むらこそこうへい】
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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オリンピックに出場した名ランナー。宮崎県生まれ。1936年(昭和11)のオリンピック・ベルリン大会で陸上5000メートル、1万メートルとも4位だったが、1万メートルではフィンランドの強豪サルミーネン、アスコラ、イソロフを相手に最後までトップを争った。当時の村社は身長160センチメートル、体重50キログラムと日本人としても小柄だったが、雲つくような大男の外人選手に混じって、スタートからトップにたった。6000メートルまでは首位を譲らなかったが、その後は抜きつ抜かれつの死闘だった。この小柄な名も知らぬ日本人の健闘に「和製人間機関車」の異名がつけられた。このとき優勝したサルミーネンとの差はわずか10秒ほどだった。その後、マラソン監督としてオリンピック・メルボルン大会(1956)に参加。71年(昭和46)には紫綬(しじゅ)褒章を受章した。
[石井恒男]
『村社講平著『長距離を走りつづけて』(1976・ベースボール・マガジン社)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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