大相撲春場所(13日初日、エディオンアリーナ大阪)は、2年ぶりの大阪開催となる。新型コロナウイルスの影響で一昨年は無観客、昨年は東京開催。大阪で観客を迎えて実施される本場所は3年ぶりだ。歓声や拍手もない観客席を目の当たりにしたあのときの寂寥感は、いまも忘れられない。
その原因となったコロナ禍はいまなお、社会を苦しめている。日本相撲協会では感染拡大の影響を考慮し、三段目の付け出し資格を持つ新弟子(2人)を除き、今回の春場所の新弟子検査は同場所後に延期することを決めた。
春場所は学生の卒業時と重なり、初土俵を踏む力士も多く「就職場所」ともいわれ、最も多くの入門希望者が集まる。だが、芝田山広報部長(元横綱大乃国)は「卒業式があれば、いろいろなかたちで人との接触がある。万が一、感染していて部屋に戻ってくると、広がる可能性もある。感染を広げないで、大阪場所を円滑に行うための苦肉の策」と説明した。
春場所新弟子検査合格者の5月の夏場所(8日初日、両国国技館)の番付について、同部長は「書類を提出してもらった順番で番付に載る」との見込みを示した。さらに、この春場所では、東京開催となった昨年春場所同様に、新弟子らによる「前相撲」も実施されない。
新弟子検査に合格した彼らは、いわゆる「番付外」と呼ばれ、最初の本番所の番付にはその名前は載らない。翌場所の番付にしこ名を載せる資格を得るために前相撲を取って番付上の序列を決定し、出世していく。現行制度では、白星がなくても前相撲を1番でも取れば出世扱いとなる。江戸時代から続く前相撲の形態は、出世が厳しかった明治、昭和からかたちをかえながら、いまでは〝通過儀礼〟として守られてきた。
前相撲を取って来場所から新たに「序ノ口」に名前が載る力士は、本場所中に観客の前で「新序出世披露」を行い、千秋楽の表彰式終了後の土俵上で「出世力士手打式」「神送りの儀式」を行う。
平成最後の31年春場所千秋楽。白鵬が土俵下での優勝インタビュー後に、観客に三本締めを促し、実行した失態を犯した。手締めは全ての行事の最後となる土俵の神を送る儀式(神事)で行うもので、協会が定める規定の「違反行為」として、懲戒処分(けん責)を受けたことは記憶に新しい。
「二番出世」だったある親方は「(前相撲は)思い出に残るが、形式的な印象が強い」と形骸化した現状を指摘。あるベテランの親方は「新弟子検査の受検者が多い春場所で2年続けて前相撲がなく、実際に行われなくても支障はなく、滞りもない。将来的に、割愛されることへの抵抗感が薄れるのでは…」と危惧した。
前相撲の実施が見送られた昨年春場所では、関係者によって「神送りの儀式」が行われた。前相撲を取らず、番付に名前が載る〝異形〟に、「蟻の一穴」が頭をよぎる。(奥村展也)