「ヤクザ映画」抜きに東映の成功は語れない理由 「仁義なき戦い」を世に出した岡田茂の慧眼

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東映立て直しのために、岡田は映画制作を時代劇から任侠映画に転換します。家族そろって楽しむ映画から、男が楽しむ映画への路線転換です。闇雲の方針転換ではありません。

岡田は、減少した映画人口を分析し、映画館に足を運んでいるのは青年から30歳以上の男性だと把握しました。主婦や子ども、お年寄りはテレビに奪われたのです。ならば、若者から30代の男性に受ける映画を制作すればいいと判断しました。

また、時代劇ではなく仁侠映画と見定めたのは、2年前に制作した『人生劇場 飛車角』の大ヒットでした。小説家・尾崎士郎のベストセラーを映画化したのですが、主人公の青成瓢吉(梅宮辰夫)より、原作では脇役の飛車角(鶴田浩二)、吉良常(月形龍之介)を前面に出し、任侠道を描いたこの作品は、男性客に大受けしたのです。

岡田は、任侠路線に舵を切るに当たり、俊藤浩滋をプロデューサーに招きます。俊藤は、京都木屋町のクラブ「おそめ」のママの(内縁の)夫で、店の運営に深く関わっていました。おそめには、芸能界や政財界の大物が出入りしており、俊藤は彼らと太いパイプをつくります。岡田の期待に応え、俊藤は、東宝との契約を終えてフリーになっていた鶴田浩二の東映専属契約を実現しました。

「やくざの親分は、そんなふうには払わんのや」

さらに俊藤は、脚本の練り上げや撮影にはつきっきりで立ち合いました。彼の人脈は任侠界にも及び、映画にリアリティーを添えます。例えば、ほかの映画会社で描かれる賭場は丁半博打ばかりですが、東映では手本引き、花札などが臨場感たっぷりに撮影されたのです。

また、キャラクターの描き方にも、俊藤は具体的なアドバイスを与えました。親分が子分におごる際、勘定書きを見て財布からお金を出すシーンでは「やくざの親分は、そんなふうには払わんのや」と、財布ごと子分に預け、支払いを済ませるといった具合です。

俊藤の指導により、東映仁侠映画は鶴田浩二、高倉健の2代スターを擁し、若山富三郎、菅原文太らが追随、女優では藤純子(俊藤の娘)を看板に大ヒットを連発します。結果、1965年の邦画興行成績ベストテン中、鶴田と高倉主演の仁侠映画が7本も占めました。

仁侠映画に路線を切り替えると同時に、岡田はつらい作業を断行しました。リストラです。仁侠映画への路線変更は、役者とスタッフの入れ替えも伴いました。戦々恐々となったのは下の者たちです。トカゲの尻尾切りをされるのではないか、と。

しかし、岡田は大物からリストラをしました。まず、東映時代劇を象徴した2人の御大、片岡千恵蔵と市川右太衛門の専属契約を切ります。中村錦之助、大川橋蔵は自ら身を引きました。大物監督の松田定次と、名脚本家の比佐芳竹も専属契約を更新しませんでした。

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