「鼓舞よりも寄り添う」 ZARD坂井泉水と石川啄木の共通点

ZARDの坂井泉水さんが書き込みした「負けないで」の直筆原稿(ビーイング提供)
ZARDの坂井泉水さんが書き込みした「負けないで」の直筆原稿(ビーイング提供)

「負けないで」や「揺れる想い」など多くのヒット曲を生んだ音楽ユニット「ZARD」のボーカル、坂井泉水(いずみ)さん(1967~2007年)の作詞に着目した展示会「ZARD/坂井泉水 心に響くことば展」が、東京都町田市の町田市民文学館で開かれている。レコーディング直前まで試行錯誤した直筆原稿など創作過程がわかる貴重な資料を展示するほか、ライブ映像も流れる。平成を彩った歌姫がつむぎだした言葉(作詞)の源泉には、明治歌人の影響があった。

「一握の砂」の影響

平成3年に「Good‐bye My Loneliness」でデビューした坂井さんが手がけた楽曲は、多くのドラマやCMでも使われた。16年の活動期間で作詞したのは155曲(死後の発表を含む)。会場内に「私はいつも本当に言葉を、詞を大切にしてきました」との音声が流れるように、誰もが経験したり、感じたりした場面を平易な言葉で表現し、励ます楽曲を送り出してきた。

展示された約70点の中には、「負けないで」(5年発売)のレコーディングの際に使った直筆の歌詞原稿もある。ノートに記した歌詞を、A3サイズに拡大コピーして録音に臨んでいた坂井さん。当初「最後まで あきらめないで」とあった歌詞が「最後まで 走りぬ(抜)けて」と修正された書き込みからは、直前まで考え抜いた様子が想像できる。

会場では、代表曲の歌詞をパネルや垂れ幕で展示、プロジェクターでも映し出す。あわせて石川啄木(1886~1912年)や中原中也らの歌集も並べられた。「ファンの間では、石川啄木の愛読者と知られていたようです」と話す同館の神林由貴子学芸員。言葉を大切にしていた坂井さんのZARDデビュー30周年と、同館の開館15周年に合わせて企画された。楽曲と啄木の詩との共通点が垣間見える趣向だ。

歌集「一握の砂」におさめられた《友がみな われよりえらく見ゆる日よ 花を買ひ来て 妻としたしむ》に似た一節が、8年発売のZARD「君がいたから」の歌詞に登場するなど、啄木の影響を多く受けた。

国際啄木学会会長の池田功・明治大教授(日本近代文学)は会場内の解説で、啄木が作品を発表した日清・日露戦争から大逆事件の時代と、1980年代に(バブル)経済が膨張しその後崩壊に向かった時期を比較。「啄木は明日に期待を込める短歌を読み、(坂井さんは)不況に苦しむ人に応援メッセージとでもいえる歌詞で励ました」と分析している。

「ハムレット」も愛読

テレビ出演などほとんど表舞台に登場しなかったこと、極度の人見知りで正面から撮影した写真が少ないことから、ミステリアスな部分が多いアーチスト。今回の企画では楽曲制作時に愛用したヘッドホンやトイピアノに筆記具のほか、「ジョン・レノン詩集」「ハムレット」など読んでいた書籍も並べられた。

所属していたレコード会社の関係者によると「作詞にいかせることはないか、常に身の回りに注意を払い、膨大なメモを残していた」と話す。その一つが16年夏に発表された「かけがえのないもの」。その年、北朝鮮による拉致問題が頻繁にニュースで取り上げられるようになっていた。同作を作る経緯を坂井さんが生前語ったものが、展示されている。『その方たち(拉致被害者)を支えたのは〝もう一度日本に帰りたい〟という夢だったのかも。もっと世相を反映する詞、楽曲を作りたいと思うようになった』

シドニー五輪を放送するNHKのテーマ曲「Get U’re Dream」のような楽曲もあるが、神林学芸員は「(コロナ禍で)先の見えない不安や閉塞感がある今の時代、鼓舞するのではなく、隣に寄り添ってちょっと背中を押してくれるような言葉が、多くの方の力になるのでは」と話す。

7月11日まで。観覧料は一般600円、中・高、大学生300円。チケットは事前購入による日時指定予約制。問い合わせは同文学館(042・739・3420)。

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