B'z結成35周年特集WOWOW放送記念|快進撃はここから始まった──幾度もの変革を迎えた活動初期の歩みを振り返る

B'zの結成35周年を記念した特集が5月20日よりWOWOWで複数回にわたって放送される。

この特集は6月に始まる5年ぶりの大型ツアー「B'z LIVE-GYM Pleasure 2023 -STARS-」を盛り上げるべく放送される。第1弾では「B'z Live History Vol.1」と題し、1990年代初頭から中盤までのB'zのライブ映像が届けられる。音楽ナタリーでは放送に先駆けて、当時の彼らの歩みを紐解くレビューを掲載。この記事を読みながら、「B'z Live History Vol.1」のオンエアを心待ちにしてほしい。

取材・文 / 西廣智一

「BAD COMMUNICATION」から始まった快進撃

今年結成35周年を迎えるB'zが音楽シーンに登場したのは、日本が本格的なバンドブームの渦中にあった1988年のこと。それまで浜田麻里やTM NETWORKなどのサポートミュージシャンとして活躍していた松本孝弘(G)が、当時はまだ無名だった稲葉浩志(Vo)とともに自身の音楽を追求する場として結成したこのバンドが、その後35年にもわたり日本の音楽シーンのトップに君臨し続けることは、音楽ファン以上にメンバー自身が想像もしていなかった未来かもしれない。

今回WOWOWで放送・配信される「B'z Live History Vol.1」では、B'zが大ブレイクを果たした1990年代初頭から、2枚のベストアルバム(「B'z The Best "Pleasure"」「B'z The Best "Treasure"」)でメガセールスを記録する前夜となる90年代半ばまでに行われたライブを通じて、彼らの歴史を振り返っていく。これに関連して、本稿ではB'zの歴史において最も重要と言うべき期間について紐解いていきたい。

B'zが世間に知られる最初のきっかけを作った作品は、1989年10月に発表されたミニアルバム「BAD COMMUNICATION」であることは誰もが認めるところだろう。結成時からの特徴であった、ダンサブルなデジタルビートに激しいギタープレイを乗せたサウンドにさらに磨きがかかったタイトル曲は、当時CMソングに使用されたこともあり、多くの視聴者の目(耳)に留まることとなる。ファンキーなカッティングとヘビーなリフ、ムーディでメロウなソロと巧みなギタープレイでリスナーを圧倒する松本、男臭くも艶やかさをにじませる中~高音ボイスで聴き手を惹き付ける稲葉は、バンドブーム末期の中で“次”に向けた新たな可能性を提示。同作が1990年までロングヒットを続けたことで、同年2月発売の3rdアルバム「BREAK THROUGH」はオリコン週間ランキングで最高3位まで上昇した。

ここからB'zの快進撃が始まり、同年5月に4thシングル「BE THERE」、6月に5thシングル「太陽のKomachi Angel」、10月に6thシングル「Easy Come, Easy Go!」と7thシングル「愛しい人よGood Night...」を立て続けにリリース。「BE THERE」は最高7位、以降3作はすべてチャート1位を獲得し、この連続1位記録は53rdシングル「声明 / Still Alive」(2017年6月発売)まで更新中だ。さらに、1990年11月にはこの年2枚目のアルバムとなる「RISKY」も発表。初期の集大成とも言える内容の同作は、ついにアルバムチャートで1位に輝き、キャリア初のミリオンセールスも達成した。

適度にハードで適度にダンサブルなサウンド、そして実際には難易度が高いものの「聴いているとなんとなく歌えそうな気がしてくる」ボーカルは親しみやすさが強い。出す曲出す曲がCMソングやドラマ主題歌に採用されることで、バンドブームの外側にいた一般層にも見事にリーチし、当時市民権を獲得し始めたカラオケの人気拡大にもひと役買ったと記憶している(この頃、カラオケボックスでは日夜、稲葉になりきって「愛しい人よGood Night...」を必死で歌い上げる男性たちの姿をよく目にしたものだ)。

「B'z Live History Vol.1」より。

「B'z Live History Vol.1」より。

ライブで打ち立てた金字塔

バンドブームが沈静化し、「カラオケで歌いたい曲、歌いたくなる曲」がヒットチャートを席巻し始めた1991年。B'zは「LADY NAVIGATION」(3月)、「ALONE」(10月)と2枚のシングルに、ミニアルバム「MARS」(5月)、フルアルバム「IN THE LIFE」(11月)と数多くの作品を発表し、そのどれもがチャート1位を獲得している。それ以前のデジタル色濃厚なスタイルを、少しずつ肉感的なバンド志向にシフトし始めたのが、ちょうどこの頃だ。すでにバンド編成でライブツアーを続けていた彼らだが、ハードロックとダンサブルなデジタル色を融合させたサウンドを確立し始めたのと同時に、この年までに得た手応え(セールス的成功やリスナーからの支持)も影響し、松本や稲葉のルーツにあるハードロックのテイストが音源にもダイレクトに反映されることとなる。その方向性が顕著に表れたのが、1992年10月発売の11thシングル「ZERO」と6thアルバム「RUN」だろう。デジタルテイストを抑えめに、バンド編成による豪快なハードロックを軸にした「ZERO」をはじめ、アルバムは緩急に富んだロックチューンが中心。現在まで続く彼らのスタイルの原点とも言える同作は、200万枚以上を売り上げる代表作の1つとして、ファンから愛され続けている。

ダンサブルな楽曲を軸にしていた初期数年のライブでは、ステージ上のメンバーからスタイリッシュさも伝わってきたが、こうしてハードロック色を強めていくにつれて、B'z初のアリーナ公演を含む「B'z LIVE-GYM Pleasure '91」や、360°全方向に客席を設ける開放ステージが反響を呼んだ「B'z LIVE-GYM Pleasure '92 -TIME-」、そして翌年の「B'z LIVE-GYM '93 -RUN-」とライブを重ねるごとにステージングもより激しさを増していくことに。そこには、松本や稲葉が少年の頃から憧れ続けた海外のロックバンドにも匹敵する、圧倒的なオーラと強靭なパフォーマンスを放つ唯一無二のロックアーティスト=B'zの姿があった。

結成5周年を迎える1993年は、B'zにとって忘れられない1年となる。この年はオリジナルアルバムのリリースこそなかったものの、3月発売の「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」、6月発売の「裸足の女神」と立て続けに発表されたシングルはともにミリオンヒットを記録。中でも、「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」は現在までに売り上げが200万枚に到達し、B'z最大のヒットシングルとなった。同年のオリコン年間シングルランキングでは「愛のままにわがままに 僕は君だけを傷つけない」が2位、「裸足の女神」が5位にランクインし、CHAGE&ASKAやサザンオールスターズ、松任谷由実といった大御所たちと肩を並べることに。デビューから5年足らずで、B'zは日本を代表するトップアーティストの1組に成長したのだ。

また、1993年の彼らはセールス面のみならず、ライブにおいてもひとつの金字塔を打ち立てる。それが、1993年7月31日、8月1日に静岡・渚園にて開催された初の野外ライブ「B'z LIVE-GYM Pleasure '93 -JAP THE RIPPER-」だ。それ以前にも野外で大掛かりなライブを行ってきたアーティストは複数存在するものの、日本初の本格的な野外音楽フェス「FUJI ROCK FESTIVAL」(1997年~)が始まる4年前に、2日間で約10万人を動員する野外ロックライブを大成功させたことは、B'zのキャリアにとってはもちろんのこと、90年代の国内音楽シーンにおいても忘れてはならないトピックではないだろうか。5月20日にWOWOWで放送・配信される「B'z Live History Vol.1」では本公演の一部も観ることができる。

「B'z Live History Vol.1」より。

「B'z Live History Vol.1」より。

「B'z Live History Vol.1」を通して見る、いくつもの変革期

ひとつの節目を迎えたことで松本と稲葉は改めて自身のルーツと向き合い、音楽面でもステージ面でもある答えに到達する。それが1994年3月発売の7thアルバム「The 7th Blues」と、同作を携え1年がかりで計87公演が実施された全国ツアー「B'z LIVE-GYM '94 -THE 9TH BLUES-」だった。初のCD2枚組オリジナルアルバムとなった「The 7th Blues」は、先行シングル「Don't Leave Me」やブルースアレンジが施された「LADY NAVIGATION」を筆頭に、ハードロックやサイケデリックロック、ソウル、ジャズなどをバンド編成による肉感的サウンドで表現した意欲作。彼らが1991年以降に目指してきたスタイルが、ここでひとつ結実したと言っても過言ではない仕上がりだった。そんなディープな作品を携え、PART1(2~7月)、PART2(9~12月)と2ブロックに分けて実施されたツアー「B'z LIVE-GYM '94 -THE 9TH BLUES-」も、アルバムの方向性をなぞったようなスタイルで、メンバーのファッションやステージング含め、2人のロックアーティストとしての矜持が随所から伝わるディープなものだった。ある意味ではB'zの35年におよぶキャリアにおいて、最も異彩を放っていた時期かもしれないが、ここまで泥臭さに振り切れたからこそ見えてきた“次”というのも確実に存在する。それが、1995、6年の活動へとつながっていく。

1995年のB'zはシングル「ねがい」(5月発売)、「love me, I love you」(7月)を立て続けにリリースし、夏には初のスタジアムツアー「B'z LIVE-GYM Pleasure '95 -BUZZ!!-」を敢行。シングルではアルバム「The 7th Blues」での路線をより洗練させた方向性を見せ、スタイリッシュさが少しずつ戻り始める。また、スタジアムツアーではエンタテインメント性も加味した派手な演出が復活。このツアーのために制作された新曲「LOVE PHANTOM」では、エンディングで稲葉が空中ダイブをする衝撃的な演出も用意された。のちにシングルリリースされた「LOVE PHANTOM」(10月発売)は、初期のデジタルダンスビートが再び取り入れられるなど、「The 7th Blues」を経たからこその変化も随所に見受けられた。その傾向は、続く8thアルバム「LOOSE」(11月発売)でも顕著で、「B'zは2人」という原点に立ち返って制作されたという点においても、バンド色の強い「The 7th Blues」を通過したからこそのターニングポイント的作品だったと言える。

この意欲作を引っさげ、1996年3~7月にはライブツアー「B'z LIVE-GYM '96 -Spirit LOOSE-」を全国44会場で実施。また、ツアー開始直前には初の両A面シングル「ミエナイチカラ ~INVISIBLE ONE~ / MOVE」、そしてツアー中には初の英語詞シングル「Real Thing Shakes」もリリースし、アーティストとしての好調ぶりを見せ続ける。

1988年の結成以降、短い期間に何度かの変革期を迎えた初期のB'z。その変遷は音源のみならず、「B'z Live History Vol.1」でオンエアされるライブ映像からも確認できることだろう。最近のB'zしか知らない若い世代のファンから、90年代に青春時代を過ごしたアラフォー / アラフィフ世代まで、本テキストを副読本に「B'z Live History Vol.1」をたっぷり楽しんでもらいたい。と同時に、B'zという稀有な存在の魅力を、断片ながらも感じ取ってもらえたら幸いだ。

プロフィール

B'z(ビーズ)

松本孝弘(G)と稲葉浩志(Vo)により1988年に結成され、シングル「だからその手を離して」とアルバム「B'z」の同時発売でデビューを果たす。1989年に「BAD COMMUNICATION」のヒットで注目され、翌1990年に発表した「太陽のKomachi Angel」が初のチャート1位を記録。また1991年に発表したシングル「LADY NAVIGATION」が100万枚を超えるセールスを記録し大ブレイク。その後現在まですべてのシングルが1位を獲得し、歴代シングル首位獲得数、アーティストトータルセールス数などで歴代1位の記録を更新している。2007年にはその功績が認められ、アメリカのHollywood's RockWalkの殿堂入りという快挙を成し遂げる。またエンタテインメントショーさながらの派手なパフォーマンスに定評があり、ライブはホール、アリーナ、ドーム、スタジアムなどあらゆる会場で開催されている。2023年3月にデビュー35周年記念イベント「B'z presents -Treasure Land 2023-」を開催。イベントでは「B'z LIVE-GYM Pleasure '93 -JAP THE RIPPER-」と「B'z LIVE-GYM Pleasure '97 -FIREBALL-」のフルバージョンが初公開された。