2018年4月、「警察勤務を辞めてマンガ家デビュー」という異色の経歴を持つ新人、泰三子(やす・みこ)さんの、初めてのインタビューのお相手をさせていただいた。「警察」という仕事と「週刊連載マンガ家」という仕事への“転職”をされたわけで、それぞれの仕事観の違い、プロの共通点など、楽しくお話を伺いつつ、とても勉強になった。
それからざっくり3年。処女作『ハコヅメ~交番女子の逆襲~(以下、ハコヅメ)』は合計230万部を売り上げ、現在単行本は18冊(スピンオフを含む)を刊行し、絶賛連載中だ。この7月には日本テレビで地上波ドラマ「ハコヅメ~たたかう!交番女子~」の放映も始まり、いよいよ人気が盛り上がっている。連載開始から読んできた身としては、単行本の帯で、「今もっともドラマ化が待たれるマンガ!」と自ら煽っていたことが本当に懐かしい……。なお、第1話はここから読める。
もちろん、マンガとしての評価もうなぎのぼり。2021年1月には「第66回小学館漫画賞(一般向け部門)」を受賞した。講談社のライバルである小学館をして、受賞作にせざるを得なかった実力、恐るべし。ちなみに他の受賞作はこちら。7部門中5作品が小学館の雑誌連載だ。ハコヅメ以外で受賞したのはあの『チェンソーマン』(藤本タツキ作、少年向け部門・集英社)。マンガ読みなら「ああ」という感じですよね。
前回のインタビューでは、警官がマンガ家にジョブチェンジを考えた理由や、特殊な世界から別の特殊な世界にダイブしたことによる、新鮮な(新鮮すぎる)エピソードなどを語っていただいた。
今回はもう押しも押されもしないプロのマンガ家としての泰三子さんに、「ストーリー」を紡ぐお仕事をどう捉え、実践されているかについて、根掘り葉掘り伺ってまいります。
―― 泰さんタブチさんご無沙汰しておりました。あ、こちらは初めまして……。講談社の担当編集さんがタブチさん含め3人もいる。すっかり売れっ子の先生になられたのに、畑違いの経済メディアの編集者にまたお時間をいただけて嬉しいです。しかもわざわざ遠方からですよね、ほんとにお手数を。
泰:私がYさんにまた会いたいって言っていたから、タブチさんが「じゃあ会わしてやろう」、くらいの感じです(笑)。
―― 本当ですか。ありがとうございます。何でそんなに気に入っていただいたんだか。
泰:楽しかったです。生まれて初めて取材していただいたのはYさんだったので。
―― でもその後、すごいご活躍ですよね。よそ様のインタビューも、あ、この話聞けばよかった、と思いながら読ませていただいているんですけど、受け答えがものすごくお上手になられて(笑)。
泰:ありがとうございます。
作者、“故郷”に錦を飾る
―― インタビューと言えば「警察公論」という、「悩める現場の誌上事件相談室 検事!この事件、どうすればいいですか」とか載っている雑誌がありますね。あれは……。
タブチ:民間が出していますけど、警察官が読者ということになるんですね。受験対策、試験対策の情報誌です。
―― そこに登場されていました。
泰:そうでした。すごくうれしかったです。何か故郷に錦を飾るじゃないですけど(笑)。
―― うれしかったですか。
泰:うれしかったです。「モーニング」に載るより、周りはおおってなりました。
―― 警察官の方には、モーニングより警察公論なんですね。
タブチ:すごい影響力があるみたいですね。
―― さらに年明けには小学館の漫画賞を受賞して。
泰:ありがたい限りで。
タブチ:ありがたいです。
泰:ありがたかったですね。自分の所属というか、自分のところの会社の名前を冠した漫画賞をそうやって他社の漫画の『ハコヅメ』にくださるというのは、何か本当に身に余ることだなと思って、素直にうれしかったですね。
―― そして『ハコヅメ』は、ついにドラマ化もされて。
タブチ:実はアニメもやっと情報公開になりました(詳しくはこちら)。
―― おっ?
タブチ:今日は泰さんの制作スタジオ見学があったんですよ。
―― それで上京された。ということは告知のご要望がありますね?
泰:いえ、実は何の商業的戦略も立てずに、この場におります。ノープランで大人が4人、ホテルのティールームに座ってお待ちしてました(笑)。「Yさんに会いたい」で、今、取りあえず来ていただいているというのが実態で(笑)。
―― 本当ですか。光栄ですけど、何かアピールしたいこととか。
泰:いえ特に。
タブチ:ありませんね、はい。まあ、単行本情報だけ入れていただければ。
―― じゃ、本当に聞きたいことだけ聞いていいんですかね。
泰:もちろんです。
じゃあ聞きたいことだけ聞きますね
―― ありがとうございます。実は、いろいろ予習してきたんです(付箋だらけの『ハコヅメ』単行本数冊と、プリントしたエクセルの表をリュックから引っ張り出す)。
泰:うわあ、すごい。ありがとうございます。
―― 本当は全17巻と『ハコヅメ別章 アンボックス』も、もう全部持ってきたかったんですけど。
泰:いやいや、大変すぎる。
―― 交番勤務の女子の先輩後輩の身も蓋もない職場実録と下ネタを恐れない勇気、が印象的な『ハコヅメ』ですが、さらに大きな魅力は、周到に巡らされた伏線ですよね。単行本を読み返すと「あっ、ここにもうネタが仕込まれているぞ」と気づいて、止まらなくなって、自分なりにまとめてみました。
タブチ:ありがとうございます。
泰:すごい。うれしい。
「伏線はみんな後付けです(笑)」
―― で、こういうことを作家さんに聞いていいのかな、どうなのかなと思いつつも、こういう伏線って、本当に最初から考えているのかな、もしかしたら……あー、ダメだったら書かないでって言ってくださいね。「もしかしたら後付けでこういうこともできるのかな」、とか、考えちゃうんですが……。
泰:(喰い気味に)ほとんど後付けです(笑)。全部、後付けって書いていただいても全然大丈夫です。
―― えっ、本当なんですか。
泰:はい。
―― うーん……話が飛びますし、泰さんはおそらくご興味もないし、ご覧になったこともないでしょうけど、「スタートレック」というテレビSFシリーズ、ご存じですか(当初の邦題は「宇宙大作戦」)。
泰:ああ、ごめんなさい。分からないです。
―― 米国の国民的な人気番組で、地球人とバルカン人という宇宙人のハーフ、ミスター・スポックとかが出てきて、宇宙の様々な星の文明を巡るお話なんですけど。
タブチ:泰さん、昔、しましたよね、「スタートレック」の話。
講談社ヒロタニさん:何度かしましたね。
泰:その時、別のことを考えていたかもしれないです(笑)。
―― スタートレックは、1960年代に作られて、何度も何度も続編やスピンオフが制作されているんですね。で、新作では、大昔に作られたテレビシリーズの中にあったちょっとしたエピソードを絡めて「実はこういう裏がありました」というストーリーを作るのがものすごく上手なんです。
タブチ:うまいですね。
泰:ああ、そうなんですね。
―― 「これは最初のテレビシリーズの段階で、こういう(新作の)サブストーリーが伏線として考えられていたとしか思えない」なんて、制作者が真顔で言い出すくらいなんですが、つまり、「後付けでも“伏線として回収”はできる」というひとつの例ではあると思うんです。そんなこと言ったら作家さんに失礼かなと思って、もうちょっと話が温まってからお聞きしようと思ったんですが、うれしさのあまり先走りました、すみません。
泰:いやいや、うれしいです。ありがとうございます。担当編集さんにはそんなに興味を持ってもらえてない部分なので、聞いてもらえてうれしいです(笑)。
―― えっ。
作家を手伝うのが仕事、ではない
―― 泰さんはよくタブチさんの「放し飼い」っぷりをネタにされますが(こちら)、どれぐらいが本当なんですか。
タブチ:いやいや、もう本当ですよ。いつも打ち合わせでは泰さんに「これから1週間、ネーム(脚本に相当。マンガの場合は、コマ割りにセリフを入れたもの)を苦しまなきゃいけないんですよね。でも、編集者は作家に楽をさせるんじゃなくて、作品を面白くするのが仕事です。自分は一切手を出さない方が面白くなると信じているので頑張ってください」って、必ず言うんです(笑)。
―― ……そんな言い方があったとは。
タブチ:はい。手伝うのが仕事じゃない。手伝った方が面白くなるときは、めっちゃ手伝いますけど、まあ、私はどっちかというと口を出すことが多い編集者ですけど、この人は……。
―― 泰先生に限ってはもう放し飼いが。
タブチ:放牧が絶対いいと。
―― すごく信頼を置いているということですね。
泰:いやいや、ありがたいですけど、一方で「タブチさんが分かっている話」を描くと思うと、ちょっとやる気がなくなるということがあるんです。
―― 書く側の立場になると、何かそれも分かる気がしますね。目の前の相手の予想の範囲内に収まりたくない。
泰:「はいはい。こうなるだろうな」とか言いながら読むんだろうなと思ったらもう嫌で嫌で。
―― だから、急にシリアスな『アンボックス』編が始まったりするんですか?
泰:『アンボックス』についてはタブチさんたちには何も伝えずに、「これから10週、シリアスな長編を描きます」ということだけ了解していただいて。どういう話になるかタブチさんはご存じなかったので。だから、(欄外に編集部が用意する)次号予告のあおり文句がちょっとちぐはぐでしたよね。
―― 「この中に裏切り者がいる」という。でも、あの導入だとそう思いますよね。
泰:誰も知らなかったので、ちょっとちぐはぐになってしまって。あっ、こういう話なんだねというのは、『アンボックス』10話のネームの時点で担当さんたちは知るという。
―― いや、あれは一人の読者としてはまんまと引っ掛けられて、結果的に素晴らしいあおり文句だったと思いますよ。
泰:ああ、そうでしたか。
タブチ:まあ、あとやっぱり「最後の晩餐」の時点で、もう読者もそう思っていましたからね。
―― あれ、見た瞬間にスマホでググってオリジナルの絵を探しにいって、「ユダはどこだ」と。
泰:ああ、うれしい。
タブチ:いい時代ですよね。ググればすぐに「最後の晩餐」が見られますからね。
講談社ヤマダさん:「最後の晩餐」の記事を書いている方が、「急にアクセスが伸びて何だと思ったら、『ハコヅメ』という漫画が取り上げたらしい」みたいなお話が、ネットに上がっていました(笑)。
4巻目に付箋がたくさん付いたんですけど
―― 『アンボックス』は、お気楽女子警官マンガ風に見えていた(いる)『ハコヅメ』の底に流れていた大きな伏流のひとつが、大団円を迎えたスピンオフ編だったわけですけれど、恐ろしいのはそう思って読み直すと、他にもいくつもの伏線が隠れていることなんです。じゃ、もう、その話でいっちゃっていいですか。
泰:はい。
―― 最新の17巻まで単行本を読み返しまして、同じ伏線だと思うところに同じ色の付箋を貼っていったんです。今だいたい4つくらいの大きな流れが入っているのかなという仮説を立てているんですけれど。
泰:わあ、すげえ。
―― そうしたら気づいたことがあるんです。伏線の始まりになる「くノ一」という回があったのが4巻、それから別の伏線の起点になっているように見える「警察女子会」というお話があるのがこれも4巻。これはちょっと深読みかもしれないんですけど、交通事故処理が主人公のトラウマになっちゃう話があるじゃないですか、あれも4巻から出てくる話で、その後も、いろいろなところでこの要素は顔を出しますね。
川合と藤の関係性も、頼りない川合が一方的に藤に甘えていたのが、いつの間にか藤を支えるように成長していって、「あれ、いつのまにこんなにいい感じのバディになったんだっけ」と読み返していくと、やっぱり4巻ぐらいから、2人の濃いエピソードがぽつんぽつんと入ってくるようになって。
そういう目で見ると、こりゃ4巻から「布石を打つ」と決めたのかなと思えるんですね。言い換えると3巻まではわりとシンプルに、1話完結でガハハっとしたお話がほとんどだった。4巻が出たのが2018年の10月、連載を開始したのが17年の11月22日で、約1年。最初の単行本が出てから半年くらいですか。このタイミングで泰さんとタブチさんは、『ハコヅメ』に伏線を仕込み始めたのではないのかな、と思うんですけれど。
泰:鋭いですね。さすがですね。
―― あれ、当たりですか?
実は5年後の世界から振り返って描いていた
泰:最初、『ハコヅメ』の連載を始めるときに、実は、今連載している『ハコヅメ』の4~5年後の状況を描くつもりで話を作っていたんです。
―― え??
泰:なんですけど、制作を手伝ってもらっている私の姉に、ちょろっと「こんな話なんだよ」と説明したら、「これ、(主人公の)川合の新任時代の、藤さんとペアのときの話をしたほうが面白いんじゃない? 分かりやすいんじゃない?」と言われて。
―― ???
泰:その一言で、この話が川合の新任時代から始まって今まで3年半続けることになってしまったんです。だけど私の意識の中では、どうしても4~5年先の未来から、今の話(連載中の話)を描いているような感覚があって。
―― ……え? まさか連載の最初の最初から、話の展開とオチがある程度できてたってことですか?(心の声:ってことは、じゃ、最初からこれは大長編のマンガだったのか、全然分からなかった!)。
泰:そうなんです。それでちょっとこう、長編の影を匂わせるという手法をやりたいという話を、連載前にタブチさんにしたんですね。そうしたら「まだそういう段階じゃないですから、日常のギャグ物を力いっぱいやっていきましょう」と言われて、こういうカタチに。
―― すごくびっくりしたので一つずつ確認したいんですけど、つまり最初は、今読んでいるこの『ハコヅメ』の4~5年先の話を描こうと泰さんは考えていて、だけどお姉様がこれはその4~5年前の話を現在の話として描いたほうがいい、というふうに言われたと。
泰:そうです。「この新任時代のほうが面白いんじゃない? 藤さんとペアを組んでいるときの」という話をされて、ああ、そうかって。私もそのときの自分が描こうと思っていた話よりも、ちょっと藤に気持ちがいっちゃっていた部分もあったので、後押しされたというところもあるんですけど。それで、タブチさんに見ていただいたら、女性同士のペアがキャッチーだから、まずこれでやってみましょうという形で始まった。
―― なんと。当初お考えだった、現在の4~5年後の世界というのは……。
泰:川合が、だいたい藤の年齢なんですよね、ちょっとまだ若いですけど。
―― じゃあ、まだその最初に考えていらっしゃった時点に、話のほうが追い付いてないということですか。
泰:追い付かせるとメンバーが代わってしまう。藤と川合がペアじゃなくなってしまうので。だから今、本編は『サザエさん』時空をぐるぐるしているんですよね。時を進ませられないので(笑)。
タブチ:そうですね。
警察時代が一番精神が安定してました
―― そういうことですか。つまり、ギャグに忍ばせた伏線というより、もともと4~5年後のオチまでが見えて描いている大長編なんだ。なるほど。いやいや、「ほとんど後付けです」とか、おとぼけになって。後付けどころか、死ぬほど考えているか、天才かのどっちかですよね。
泰:ああ、じゃあ、天才のほうでお願いします!(笑)
タブチ:まあ、どっちもあるし、泰さんは考えるのをやめようとしても、考えちゃうんですもんね、たぶん。
泰:ちょっと病気なんですよね。ずっと考えてしまうのが辛くて……。
―― ずっと考えちゃう人なんですね。
泰:頭が休まらないタイプの病気の人間なんですけど。だから思春期のときはすごくそれで苦しんだんですけど、警察に入ったら逆に余計なことが考えられなくなるんですね、まず警察学校の苦しい訓練で、考える余裕がなくなる(笑)。
―― ええっ。
泰:だから警察のときが一番、ハードな環境でしたけど精神が安定していました。
―― 頭が楽になるから。
泰:仕事に追われて余裕がなかったので、無駄な妄想をせずに済んでいましたね。ですので、今、週1連載で話を描かせていただけているからいいですけど、「これ、月刊にしてください」って言われたら、私、精神的に持つのかなと思います。
―― もう渦を巻いているわけですね、頭の中で、この話を早く出させろ、みたいなものが。
泰:そうですね。出産のときと一緒ですよ。息んでいいよって言われて、やっと出せるみたいな。出したいのを我慢しないといけないのが辛いんですよね。
―― すごい。いや、タブチさん、とんでもない玉を拾ってきましたね。
タブチ:そうですね(笑)。
―― 初回のインタビューでお会いしたときは、こういう方だなんて全然分かりませんでした。タブチさんは、泰さんがこういう人だというのにいつごろ気がついたんですか。そうだ。今のお話でいくと連載の前からその片りんを知ってらっしゃったということですよね。
タブチ:そうですね。前回お話した通り、最初に泰さんから送られてきたのは、イラストにセリフがついたくらいの1コマ、1ページ漫画なんですけど、それを何本も描いてもらって、話しているうちに、ちょっとこの人は空想癖の次元が違うぞ、化け物クラスかな、みたいなのはちょっとあって。
―― やはり。
タブチ:でも、今まで漫画を描いたことがない人だから、どうなるか分からない、と思っていました(笑)。
やりたい方向へ舵を切った4巻目
―― ご本人も担当者も含めて当時はまだ分からない、とはいえ、じゃあ、私が前にお話を聞いた時点で、すでにハコヅメの4~5年先のことは、どの程度かはともかくとして頭にあったということですね。
泰:そうですね。
―― あの時点では、明るく愉快でちょっと品がない(こともある)警察マンガだとばっかり思い込んでいました。お恥ずかしい。
泰:いえいえ、そう思っていただければ全然いいんです。
―― じゃ、なぜ4巻のタイミングだったのか、なんですが。
タブチ:たぶんそれは、ご指摘のあった4巻ぐらいのときに、交通事故でチャイルドシートの赤ちゃんが車外へ放り出されちゃうという話を、Twitterから1話全部読めるようにして、まあ、いくつかバズりそうな話を流したんですけど、この話が一番バズったんですよね。
泰:でしたね。
―― それこそさっきちらっと触れた「トラウマ」の回ですね。
タブチ:「トラウマ」ですね。そのあたりで、楽しいだけじゃなくて、大暴れしていいんだという感じになったのはありますかね。むしろ大暴れしないと、もっとセールス、伸びないなというか。
―― 救われないテーマ、笑えないお話でも、編集的に、もうそういう路線が『ハコヅメ』にはあったほうがいいなというふうになって。
タブチ:これをきっかけにTwitterですごく話題にしてくださる人たちが増えたので、伏線も張り、長い話もやり、トラウマに残る話もやりというほうがよろしかろうというのは、何となくありました。
―― 泰さんがそういう方向、本来やりたかった方向に舵(かじ)を切るタイミング、読者がこの人のそういう話を読みたいと思うタイミング、編集さんがこれは商売になるって思うタイミングというのが、だいたい4巻ぐらいだった、だから4巻がひとつの転換点になった、という感じなんですかね。
泰:ああ、そうなのかもしれない、そうですね。私、本当、変態なので、4~5年先のところから見たやつとかをやって、伏線を分からないようにしのばせて、リスクヘッジじゃないですけど、何か描くものがなくなったときにそれを出すというふうにしようという心づもりはあったんです、リスク回避で。
―― 最初はギャグ路線でやっていたけれど。
泰:はい。伏線はタブチさんの「今出していいよ!」というタイミングで出すかたちになりました。
―― それが4巻目だったと。
泰:正直なお話をすると、メディアミックスとかを考え始めた、なんというか色気が出てきたのも4巻くらいからです。お金のことを考えるようになった(笑)。
―― またそんな(笑)。ともあれ、「ここが勝負時だ」と、作家さんも編集者も考えたんですね。
泰:「新しいキャラ出して」とか、「長編、やっていいよ」も、タブチさんが勝手にTwitterに流したこともありましたね。
―― えっ(笑)。
担当編集が長編へと背中を押す
タブチ:勝手に流しましたっけ。
泰:(藤の)4人目の同期が、顔が出ないで名前だけ登場する話が4巻であるんですけど。
―― あっ(単行本を開く)それはこれですよね。4巻の「女子会」の回で出てくる、ここの。
泰:ああ、そうです。
―― これ、伏線を探しながら読んで見つけたとき、結構ぞくっとして、「うわ、この時点でもうこのキャラが暗示されとる」とびっくりしたんですよ。
泰:それまでは、ちょっと長編は怖いから描かなくてもいいかなと思って、しばらく6巻、7巻ぐらいまでばーっといっていた中で、タブチさんが「この4人目の同期生、何なのか気になるな」というツイートに対して、リツイートで「ふふふ」って3文字だけ返したんです。これは「出せ」って指示が来たと思って、その次のネーム日にその4人目の話をばって出したら、「やっぱり来ましたね」と返事が来て(笑)。
―― タブチさんもさすがですね。
泰:描かせてやったぞ、描かせたったみたいな感じで。
タブチ:そうでしたっけ。
―― してやったりな顔です。
泰:私の中ではいつか描こうと思っているキャラクターだけど、まだ描く力量がないから眠らせておいて、そのまま設定として埋めておこうかなと思っていたところで、今だ行け!みたいな感じでした。
―― それでこんなに間が空いたんですか。
泰:うん。
―― 4巻でちらっと見せて、5巻、6巻、7巻、8巻、9巻と出てこないので。
泰:そうなんですよ。
―― それが展開してくるまでに結構、間があるんですよね。それは、じゃあ、ご自身がちょっと迷ったり、ためらったりしてらっしゃったけど、タブチさんが……。
泰:タブチさんが、今だ行け行け!って。
―― このキャラクターについては、行け!というのが来たのがここだったと。
泰三子は前田日明である
泰:まだ私はのほほんとしていたかったんですけど、「頑張れ!」と急かされた感じですね。
―― そういうことだったのか。
タブチ:忘れた頃に何かぶっ込むのを喜ぶ読者の方がたくさんいるんだなとは思いましたね。
―― いやタブチさん、それは喜びますよ。
タブチ:出すぞ、出すぞじゃなくて、すうっと埋もれさせておいて、3巻か4巻くらい後で、うわ、いきなり来たというのに大喜びしている人がたくさんいる。
―― それ、うれしくないですか。
泰:いや、うれしいですよね。
―― めちゃめちゃうれしいですよ。
タブチ:昨日も話していたんですけど、『ハコヅメ』は、一昔前のプロレスで言うと前田日明みたいな扱いになっている。
―― プロレス、分からないです。
泰:分からないですね。
タブチ:つまりプロレスの観客はショーとして楽しんでいるのに、前田日明だけは突然、ショーからシュート(ガチンコ)を仕掛けてくる。いきなり相手の脚を折りにいくとか。その結果、こいつはいつ何をやるか分からんエンターテイナーだ、と認知されているという。
―― 確かにそうかもしれない。これ、褒め言葉として聞いていただきたいんですけど、実は『ハコヅメ』は、すっきり分かりやすい話ばっかりでは全然ないですね。
泰:そうです。
タブチ:そうですね。
泰:全然、そういうつもりじゃ描いてないですね(笑)。なぜかと言えば、分かりやすい感じの話ばかりだと今の時代はお金を払ってもらえないという。
―― うっ?! メディアはこぞって「分かりやすさ」に走っている中で、それ、グサッときますね。
(次回に続きます。8月9日公開予定です)
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この記事はシリーズ「編集Yの「話が長くてすみません」」に収容されています。フォローすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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