地域存続へ重い戒め

宮古市重茂・姉吉集落


 1896(明治29)年の明治三陸大津波や1933(昭和8)年の昭和三陸大津波の事実や教訓を刻んだ県内の石碑は200基を超え、今も東日本大震災の教訓を伝える碑が建てられている。さらに、津波に耐えて残った「震災遺構」の保存活用も進む。南海トラフ巨大地震や首都直下地震が懸念される中、先人が碑や遺構に込めた教訓を掘り起こし、復興と地域づくりへの住民の思いを伝える。
 本州最東端の魹ケ崎(とどがさき)の玄関口、宮古市重茂(おもえ)の姉吉(あねよし)集落は、昭和と明治の三陸大津波で全滅した。その犠牲を悼み、昭和の津波の後に建立された「大津浪(つなみ)記念碑」。「此処(ここ)より下に家を建てるな」との重い戒めから、集落の存続を願った先人の思いが伝わる。
 「激浪(げきろう)家屋より高きこと百尺(約30メートル)に及ぶ」。地元住民が1982年に出版した「大海嘯(かいしょう)誌」に残る当時の記録だ。1896(明治29)年6月15日の津波は、現在の姉吉キャンプ場周辺にあった11戸の集落を襲った。住民78人のうち、生存者は2人だった。
 37年後、1933(昭和8)年の津波は3月3日午前2時半ごろ発生。太平洋に面し、急な谷に囲まれた集落の住民は逃げる間もなく巻き込まれ、定置網の番屋にいた漁業者約50人を含む14戸の計111人が犠牲となった。生存者はわずか4人。
 集落は存続が危ぶまれたが、親戚筋から後継ぎを受け入れた。500メートルほど離れた高台を再建の地に定め、津波から集落を守るかのように碑を建立した。
 自治会長の木村民茂さん(72)は「津波があっても先祖伝来の土地や漁場を守ってきた」と語る。
 「児孫の和楽」の教え通り、静かな営みが続いていた集落。そこに3度目の大津波が襲った。

親から子に語り継ぐ

記憶の中にある津波の教訓をたどる川端浅吉さん=宮古市内
 問いに耳を澄ませ、深く考え込み、そして、一言を発した。
 「津波はおっかない。安心できる場所に住んでいてよかった」
 姉吉地区で長年漁業を営み、現在は宮古市内の介護老人保健施設で暮らす川端浅吉さん。1911(明治44)年生まれで昭和、チリ、2011年の東日本大震災の津波を経験。今、106歳となった。
 あの日、立木をなぎ倒しながら沢沿いにさかのぼった津波は大津浪(つなみ)記念碑の手前で止まった。遡上(そじょう)高は最大38メートルを記録。漁船30隻、倉庫13棟はことごとく被災したが、高台の集落は全て守られた。
 100歳手前まで漁に出るほど壮健でならした浅吉さん。自宅にいて無事だったが重茂地区全体が孤立したため、救助ヘリに乗って花巻市内の避難所へ移った。
 昭和の津波の後、浅吉さんは隣の千鶏(ちけい)地区から姉吉の川端家に婿入り。生き残った故ツルさんと結婚し、5人の子どもを育てた。長男の隆さん(77)は「母は津波の恐ろしさを日々、口にしていた。石碑が立っていることも教えてもらった」と思いをかみしめ、復活したワカメ・コンブ養殖に励む。
 震災から7年7カ月がたち、昭和の大津波まで集落があった漁港周辺にはキャンプ場が再建され、魹ケ崎に向かうトレッキングの拠点として人々が足を運ぶ。
 しかし、震災では集落の外にいた4人が犠牲となった。津波が襲来するまで漁港にとどまり、間一髪難を逃れたケースもあった。時間の経過とともに、人々の意識から津波が遠のいていたことも事実だ。
 大津浪記念碑から50メートルほど海側に「津波到達地点」と刻まれた碑がある。震災後の12年7月に建立された記憶を残す新たな碑(いしぶみ)だ。木村民茂さんは誓う。「今だからこそ碑の存在は重みを増す。先人の思いを継ぎ、大津波を伝えていきたい」
昭和三陸大津波の被災後、山間部のわずかな平地に高台移転した姉吉集落(岩手日報社小型無人機から撮影)
【2012年1月】東日本大震災の津波で施設が流失した姉吉漁港(いわて震災津波アーカイブ・宮古市提供)

2019年03月20日 公開
[2018年10月16日 岩手日報掲載]

※魹ケ崎(とどがさき)の魹は、「魚(うおへん)」に「毛」

「教訓を全国へ」石碑を拓本に

「この石碑が示す教訓を全国に広めたいと思った」。盛岡市の団体職員角舘賢さん(46)は、宮古市重茂の「大津浪記念碑」の拓本を採取し、知人に紹介するなどして情報発信に努めている。以前市内で勤務し石碑の存在が気になっていたことから「インパクトのある方法で発信できないか」と2014年に友人と拓本に挑戦。Tシャツやポストカードにプリントして県外の知人らに配ったところ、知人を通じて海外でも紹介され、海外の学校でも展示されるなど関心が高かったという。「碑文には大切な教訓が刻まれている。少しでも多くの方に伝われば」と願っている。

碑の場所を確認する

宮古市重茂・姉吉集落の大津浪記念碑

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