【尾車親方・特別寄稿】引退・嘉風、小さな体で頭から立ち向かう相撲 自慢の弟子一番のファン

スポーツ報知
嘉風

 私は2度、嘉風に助けられている。2012年4月。巡業先の福井・小浜市で転倒して頚髄(けいずい)を捻挫。手術は成功したものの首から下が動かない状態になり、私の相撲人生は終わりだと覚悟した。失意のどん底で病院のベッドに横になっている時、世話人の錦風がスライド写真の機器を持って来てくれた。

 スイッチを入れると「栄光の架橋」という曲が流れ、弟子たちが「帰ってくるのを待ってます」とメッセージをくれた。嘉風が中心になって私の誕生日(4月26日)に合わせて作成したものだった。決して諦めない。早く弟子のもとに帰りたいと思い、必死にリハビリに励んだものだった。

 2009年1月には、ある事件に絡み、部屋が警察の家宅捜索を受けた。部屋の全員を集めて「関係ない君たちに嫌な思いをさせて申し訳ない。部屋を閉鎖することにした。君たちの今後のことは私が責任を持って面倒を見る」と告げた。すると嘉風が立ち上がり「何を言っているんですか。親方が辞めるなら私も力士を辞めます。親方がいるから尾車部屋に入ったんです」と言ってくれた。部屋を閉鎖しようとした自分が恥ずかしかった。この言葉に涙が止まらなかった。後ろ指をさされてもいい、弟子たちを守ることが自分の使命だと思い知らされた。

 自慢の弟子だった。あの小さな体で頭から立ち向かう一途な相撲にファンの方も酔いしれたと思う。最近は勝ち負けを計算して小手先に走る力士が増えているが、嘉風は決して逃げなかった。大相撲に大事なものは何かを教えてくれたのも嘉風だった。私も取組を見るのが楽しみだった。なぜなら私が嘉風の一番のファンだからである。これからは親方として嘉風のような力士を育ててほしい。(スポーツ報知評論家)

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