関西の主流おにぎり 昔は俵型(謎解きクルーズ)
芝居のお供 一口サイズ 三角形、コンビニで浸透
行楽のお供に欠かせないだけでなく、コンビニエンスストアでも手軽に買えるようになったおにぎり。時代をさかのぼって各地の特徴を調べたところ「関西では昔は俵型だった」という話を耳にした。今は関西でも三角形がスタンダードだが、一部に俵型が復権する兆しも出てきた。ノリや具材にも独特のこだわりが残る。意外にも味わい深い「おにぎり史」を探った。
「子供のころに母が作るおにぎりは俵型だった。三角形は見たことがなかった」。1951年、大阪府岸和田市に生まれた地理学研究者の宇田川勝司さんはこう証言する。海外を中心に、おにぎりの普及活動を進めるおにぎり協会(東京・渋谷)の代表を務める中村祐介さんも「数十年前まで関西では俵型だったようだ」と話す。
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昔のおにぎりの形について正確なデータは見当たらない。それでも関西で数十年前まで俵型が多かったのは事実のようだ。なぜか。「芝居を見る時に出る幕の内弁当の中に食べやすい俵型のおにぎりを入れたため」と宇田川さんは説明する。
江戸時代、日本中から米や物産が集積する大坂は「天下の台所」と呼ばれた。町人文化が栄えて観劇の習慣が定着し、劇を見ながら幕の内弁当を食べるのが当時の流行だった。一口サイズの俵型おにぎりならば三角形など他の形に比べて弁当箱に収まりやすく、箸でつまみやすい。関東では簡単に握ってできる三角形が普及したのに対し、関西では弁当に適した俵型が定着したとみる専門家が多い。
現在は関西でも主流は三角形だ。自治体や企業で構成し、神戸市に事務局を置く「ごはんを食べよう国民運動推進協議会」が2009年に実施したアンケートによると、関西でおにぎりの形として俵型を思い浮かべたのは9.8%にとどまった。1.7%の関東などに比べれば高いが、三角形の86.5%に比べると圧倒的に少数派だ。では、関西ではいつから三角形が主流になったのだろうか。
中村さんは「セブン―イレブン・ジャパンが1978年に三角形のおにぎりを売り出し、中年以下の世代に定着したのでは」と指摘する。80年代に入るまで、おにぎりは家で作って食べるのが当たり前だった。今も俵型を思い浮かべる人が関東より多いのは昔の名残だが、コンビニの全国均一な三角形が関西にも広く浸透したことが「関東=三角形、関西=俵型」の構図を変えたようだ。
関東と同じく三角形が主流になった関西でも、ノリや具材には独自の特徴が残っている。焼きノリでごはんを包む関東に対して、関西では味付けノリを使う。ノリの代わりに、ごはんに黒ゴマをかけることも多い。人気の具は昆布。江戸時代に北海道から運ばれた昆布を使う食文化が定着したためだ。
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最近、関西でも俵型が復権する動きが一部に出始めた。セブンイレブンは11日、大阪市や神戸市の約200店舗で俵型のおにぎりの試験販売を始めた。
同社の西日本プロジェクトメンバーの板東直樹さんは「もともと俵型だった関西のおにぎりのイメージに合わせた」と説明する。コンビニが販売する三角形の商品は関西では関東ほど売れない。そこで地域の歴史に根ざした工夫を凝らしたわけだ。ほかにもノリの味付けを濃くした新製品を3日に発売するなど、地域の食文化に着目した商品展開を進めている。
俵型復権の動きとは別に「おにぎらず」と呼ぶ握らない新顔おにぎりも全国的に人気を集め始めた。ごはんや具をノリにのせ、角を折ってくるめばできあがりだ。切り餅のような形で「炊きたての熱いごはんを握らずに済む」(中村さん)ことが支持されている。
そもそも一口におにぎりといっても、形や食べ方は地域、時代によって異なる。関東、関西以外にも今なお独特な形が残るところは多い。宇田川さんは「東北では味噌などを塗り焼くため、太鼓型のおにぎりを作る」と話す。愛知県などの中部地方では球形をよく見かけるという。
さらに時代をさかのぼると様々な形が現れる。弥生時代の遺跡からは、神様への供え物だったと想定される円盤形のおにぎりが出土している。平安時代には「鳥の卵」と呼ぶ円すい形が登場する。武士が活躍する鎌倉時代以降になって、重ねてもかさばらず運びやすい三角形や円盤形が増えた。
地域ごとの特徴を今も残し、時代とともに転がるおにぎりの歴史。いつか三角形が常識でなくなる日がやって来るかもしれない。
(大阪経済部 草塩拓郎)