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記者の眼

走る前にロキソニン? 何でそこまで…
断言しよう。マラソンは体に悪い。

今にも泣き出しそうな空の下、出走時間を待つランナーたち。

 ハーフマラソンを走ってみた。生まれてこの方、歯を食いしばって運動をした経験はほとんどない。それなのに、ネットで見つけたハーフマラソン大会にうっかり申し込んでしまった。参加費5000円。都内で開催されたチャリティマラソンだ。

 なぜか若い頃から、マラソンと富士登山だけは死ぬまでに一度は体験したいと思っていた。50が目前となり、そろそろ体にガタが来る年齢でもあるし、ここらで一つ、未知なるマラソンという世界に挑んでみようかと一人で盛り上がってしまったのである。

 「未知なる」と言っても、身近にマラソン経験者がいないわけでもない。筆頭は、隣の編集部のH編集長。私より年長だが、そこそこの年齢から始めて、今や日本全国を股にかけてフルマラソン、ウルトラマラソン(100km!)、トライアスロン、トレイルランと色々と挑戦を続けているらしい。先日も「膝をやっちゃってさー」と会社で足をひきずりながら、「でも来週も走るんだよねー」と何だかうれしそうに話していた。

 「それ、ゼッタイ体に悪いですよね」と、H編集長に悪態をつきそうになったことも一度ではない。いや、飲んだ席で「なんでそんなに体に悪いことやってるんですか」と、うっかり口にしてしまったこともあったような気がする。そんな手前、初ハーフマラソンだなどと言ってH編集長にアドバイスをもらうのもおこがましく感じられ、2カ月先に迫った大会に向けて一人寂しく、コツコツと準備を進めた。

 最初の壁は「膝」だった。この2~3年、週末に5kmほどジョギングはしていたので、ゆっくりならハーフマラソンくらいは走る切れるだろうと、自分を過信していた。出場申込みの後、ものは試しと、いつもの5kmジョギングを10kmに伸ばしてみたところ、なんと7~8kmほど走ったところで膝に痛みが出始めた。

 せっかく出場するのに、膝が痛くて最後まで走れないのは無念すぎる。何とかならないか。ネットで膝痛の原因と対策を調べると、「筋力不足が原因だから筋トレを」「走るフォームを改善すれば痛くなくなる」「走る前に入念にストレッチすべし」「体重を落とすのが第一歩」「靴が合っていないのでは?」「このサポーターをすれば痛みが緩和されるよ」などなど、ありがたいものの決定打に欠くたくさんのアドバイスが入り乱れていた。2カ月しかないのに、どうすりゃいいのよ。

 そうこう調べているうちに行き当たったのが、「走る前に痛み止めを飲む」という荒技だ。どうやらマラソンに限らず、アスリートにとって「鎮痛薬の予防投与」は常識らしく、本番だけでなく、練習中から飲んだりもするらしい。欧米人は、運動後の筋肉痛を和らげるためにNSAIDsを飲むという話は聞いたことがあったが、運動前に飲むというのは初耳だった。

 NSAIDsの中でも、日本のランナーに人気なのはロキソプロフェン(商品名ロキソニン他)。走る前に常用量を服用するのが一般的だが、お気に入りのNSAIDsをランニングポーチに入れて走り、痛くなったらその都度飲むという強者も。「一番つらいのは35~37kmだから、30kmを過ぎたところで飲むのがベスト」などと、薬物動態までをも考慮したスケジューリングをしているランナーもいた。

 気になるのは、マラソンなどという循環器や運動器が酷使された状況でNSAIDsを服用して体に支障はないのか、という点。さすがに、このような痛み止めの使い方について、ネット上で注意を喚起している医療関係者は少なくない。例えば、毎日新聞 医療プレミアの記事「安易な服用は危険!マラソン中の痛み止め」では、医師がBMJの論文を引用して警告している。

 このBMJの論文(マラソンランナーを対象とした後ろ向きのコホート研究、n=3913)では、レース前に痛み止めを飲んだランナーの方が、飲んでいないランナーに比べて、消化管痙攣、レース中/後の心血管系イベント、消化管出血、血尿が有意に多かったと報告している。

 さもありなん、である。そこまでの健康上のリスクを侵して、なぜ人は走るのか。いや、でも、自分のこととして考えると、せっかく出場するんだし、痛み止めを飲んででも最後まで走りたい気もする。5000円も払ったんだし、途中でリタイアはカッコ悪いし。いや、でも、やっぱりこれ体に悪いですよね。H編集長。

 ちなみにこの研究の調査対象は、2010年にドイツのボンで行われたマラソン/ハーフマラソン大会に参加したランナーだが、調査対象のランナーのうち、実に49%がレース前に痛み止めを飲んでいたというのだから驚きだ。ドイツのランナーに人気の痛み止めは、多い順にジクロフェナク、イブプロフェン、アスピリン、アセトアミノフェン、セレコキシブ。常用量をオーバーして服用している例もあったという。おいおい。

 この「鎮痛薬の予防投与」以外にも、2カ月の準備期間中、マラソンというものに足を踏み込まなければ知ることがなかったであろう色々な「常識」に触れることができた。その一部を紹介する。

◆走る前と走った後にBCAAを摂取するとよい
BCAAは分岐鎖アミノ酸で、具体的にはバリン、ロイシン、イソロイシンのこと。運動前後でBCAAを含む飲料やゼリーを摂取すると、疲労の予防や回復促進に効果があるとされる。

◆本番3日前から炭水化物を多めにとる
カーボローディングともいう。燃焼スピードの高いグリコーゲンを筋肉などに蓄えるのが目的。ただし、炭水化物を優先的に燃焼させるのは強度の高い運動をしているときに限られ、ゆっくり走る市民ランナーでは効果は薄いという意見も。

◆乳首に絆創膏を貼っておく(男性の場合)
走行中に乳首がシャツなどに擦れて痛みが出ることがある。出血するケースも。シャツに擦れないように、乳首に絆創膏を貼っておくとよい。

※ここで取り上げた服薬や栄養摂取の方法は、本記事が有効性や有用性を保証するものではありませんし、記者がそれぞれの使用を推奨するものではありません。

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