秋空の下、岩壁が天高くそびえている。群馬、新潟の県境にまたがる谷川岳。駐車場からブナの森を約1時間歩くと、断崖が迫る一ノ倉沢にたどり着いた。
標高は2千メートル足らずだが、むき出しの岩肌は高山のようだ。冬に日本海側から吹き付ける湿気を含んだ強風が豪雪や激しい天気の変化をもたらし、険しい景観を作りあげたという。
クライミングの聖地とされる谷川岳に登山家が集まるようになったのは昭和6年、上越線の開通から。人を拒むような断崖絶壁を征服しようとクライマーが押しかけ、登攀(とうはん)ルートの開拓に情熱を注いだ。だが遭難も多く谷川連峰での死者数はこれまでに800人を超え「魔の山」と呼ばれるようになった。
しかしもともとは、けんのんな異名とは違う郷土富士という穏やかな顔を持つ。
猫の耳のように2つ並んだ頂の北側、標高1977メートルの「オキの耳」が「谷川富士」と呼ばれる。麓には冨士浅間神社が建ち、霊峰としてのこんな伝承も残る。
ある夜、山頂付近が光り輝き、富士山の神が降り立った。光を目指し登山した村人が湯を見つけこれが麓に下ろされ、谷川温泉になった-。古くから住民たちは雪解け水や温泉などの恵みをもたらす山をあがめ親しんできた。
「春は芽吹き、夏は新緑、秋は紅葉、冬は深い雪。これだけはっきりとした四季を楽しめる山はなかなかない」と、谷川岳山岳資料館の八木原國明館長(75)は語る。
岩壁登攀と遭難者の数が注目されるが、上級者向け以外にもコースが豊富で初心者も体力に合わせて登山やハイキングを楽しむことができる「お得な山」(八木原さん)だという。
刻一刻と変わる秋空のように幾つもの表情を持つ谷川岳。色づき始めた紅葉が深まると、どんな姿を見せてくれるのだろうか。
(写真報道局 鴨川一也)