木曜洋画劇場

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ダニー・ザ・ドッグ
ブレイド3
 去る6月24日(日)、都内某スタジオにて行われた『ダニー・ザ・ドッグ』の吹き替え版収録。
午後の部のスタートに合わせて現場取材に到着すると、スタジオの中にはメインキャストのジェット・リー(ダニー)役の横堀悦夫さん、モーガン・フリーマン(サム)役の坂口芳貞さん、ケリー・コンドン(ビクトリア)役の小林沙苗さん、ボブ・ホスキンス(バート)役の内海賢二さんほか、声優の皆さんが勢揃い。最初に1ロール(CMが入るまでの一連の本編)を通してのリハーサルを行ない、その後演出サイドとの意見のすり合せや台本の修正、そして本番! という流れになっていく。
 ベテラン声優に、彼らとはもうお馴染みの演出家というチームだけあって、緊張感とジョークが程よくブレンドされる雰囲気で収録は進む。台本にセリフはなくても、表情や仕草から読み取れる(必要な)声を的確に指示していく演出家と、そしてそれに見事に応じる声優陣。
 無垢で何も知らないダニーが、やがてサム、ビクトリアから愛と情を教わり、そしてラストでバートと繰り広げる息詰まる攻防! 取材する立場ながら、画面と一体化する皆さんの声にグイグイ引きこまれて……吹き替えのプロフェッショナルが魅せる“技”の数々、しっかりと堪能させていただきました!!
 
横堀悦夫さん(ジェット・リー役)インタビュー
無垢で何も知らない状態から成長していくダニーという役を演じられましたが、いかがでしたか?

「演出家に『ダニーは子供なんだ』と言われたのですが、当初は納得できていなかったんです。彼は子供っぽい仕草はするけど、生活環境が違うだけで、精神的な子供ではない……と役作りしてきたのですが、『声も中身も子供であってほしい』と現場で言われて、焦った部分がありました(苦笑)」

演出家と意見交換されているシーンも多々ありましたが

「いくら子供だからと言っても、『あのぉ…ボクわぁ…』なんて子供っぽい喋りはおかしいじゃないですか。精神が大人になりきれなくて、その声ってどんなものなんだろう? ジェット・リーはあれだけ身体は動くし、武闘的には成熟した大人じゃないですか。そのギャップがものすごくありましたね。その点で、今日はかなり勉強させてもらいました」

『キス・オブ・ザ・ドラゴン』『ザ・ワン』とジェット・リー作品が続いて、彼のFIX声優(担当声優)になりつつありますが、アクション・シーンはやっぱり力が入りますか?

「入りますね。力を入れるところはちゃんと腹筋に力を入れないと、どうしてもウソくさい声になっちゃいますから。『ウッ、ウッ…』って(笑)。今回はたまたま、格闘シーンは元からの効果音を使うパターンでしたが、自分で(格闘シーンの声)をやると、息づかいだけでも疲れます。向こうはカットで割ってますけど、こちらは3分も4分も乱闘シーンが続きますから。カットの切り替わりも、かなり集中力を要しますし」

このお仕事を始めたきっかけと、今後声をアテてみたい俳優を教えてください

「アテてみたい俳優というのは、特に“誰”というのはなくて、ぼくと同年代で、性格的に興味を持てる役であれば、演じてみたいです。自分としては、屈折してるような役柄が好きですね。吹き替えの仕事のきっかけは、劇団に入ったことからです。最初は(アテレコの)要領が全然つかめなくて。“声を変える”ものだと思ってました。悪く言えば声色だけでお芝居すると思ってたんですね。今になって思えば、舞台のお芝居とまったく一緒でした。それに気付いてから、面白いなあと思うようになりました。舞台の演技と吹き替えが、それぞれ影響しつつ、されつつです。技術的なことは違いますが、本質、つまりお芝居としては舞台も吹き替えも一緒なんだということで、共通項を持っていたいですね」

 
坂口芳貞さん(モーガン・フリーマン役)インタビュー
モーガン・フリーマンといえば坂口さん、というくらい、視聴者の皆さんにはお馴染みになっていますが、今回のモーガンは盲目であり、またコミカルなテイストも併せ持ったサムというキャラクターに扮しています。演じられてみていかがでしたか?

「クソ真面目かと思うとそうじゃなかったり、声が非常に高いかと思うと急に低くなったり。どこで息を吸ってるのかなと思うくらい息を継ぐ隙もなくて。その辺が、なかなか難しいところでしたね。シリアスさとユーモアがすぐに来るので、この人を吹き替えるのは難しいですね。いつも苦労していますよ」

注目してほしいポイントを教えてください

「サムがダニーに感じている“義理の息子”みたいな気持ちです。すごく優しいのに、それだけじゃない厳しさがある。その両面が非常にうまく出ているところを見てほしいですね。あと彼は“耳がいい”というのかな。音楽に対する感覚の表現が、いい芝居になってるんですよ。モーツァルトのクラシック、それにジャズとか、モーガン・フリーマンはすごく似合ってるんだよね。私自身には似合ってないけど(笑)。そういう繊細なところもポイントですね」

今後声をアテてみたい俳優はいらっしゃいますか?

「例えば、うーんとぼくが長生きして……そんなわけないか(笑)、ニコラス・ケイジがうんと老けたら、その役をやってみたいですね。昔から黒人が多かったんですよ。初のレギュラーも『黒いジャガー』のリチャード・ラウンドトゥリーですからね。声がハスキーだから乱暴な役が多いんです(笑)。二枚目役は、昔からあまりなかったね。『冒険者たち』でアラン・ドロンはやらせてもらえたけど、あれ1本だけです」

坂口さんのニコラス・ケイジですか……それは楽しみです

「それまではね、がんばって長生きしたいですよ(笑)」

 
小林沙苗さん(ケリー・コンドン役)インタビュー
18歳の高校生でありながら、ダニーを母のように導いていくのがビクトリアというキャラクターですが、演じられていかがでしたか?

「子供っぽい部分とちょっと大人の部分、天真爛漫で無邪気だけれどもサムの面倒を見たり見られたり……たった18年ですけど、その中で成長して、色んな表情を持ってるなと感じました。ダニーとのやりとりや2人きりの会話、“心を開かせてあげたい”“悩みを聞きだしたい”というシーンが多かったですけど、そのあたりが演じるのに難しかったと思います。私自身の場合だと、そういう状況になったら相手の心に触れられらないし、どうしたらいいか分からない。ビクトリアは最初からダニーの心に踏み入って、ノックし続ける。すごいですよね。そういう気持ちは自分の中になかったので、どんな言い方だと相手に失礼じゃないのか、(気持ちの)さじ加減が難しいなあって。彼女の演技・表情を見つつ、台本を読みながら考えていきましたね」

洋画だけではなく、アニメでもご活躍されていますが、声のお仕事のきっかけはスカウトだったとか?

「そうですね。アマチュア劇団に入っていて、公演を見てくださった方が誘ってくださったんです。今もその事務所(ぷろだくしょんバオバブ)なんですが、そこは声の仕事がメインだったんです。それまで声の勉強は全くしたことなかったんですけどね。今はアニメのお仕事も多いですが、最初は洋画の吹き替えが本当に多かったです」

洋画の吹き替えとアニメの場合の違いみたいなものは何ですか?

「そうですね……完成したものがある分、ひとつの作品を頭から最後までまで演じることができるので、洋画の吹き替えの方が気持ちを考えやすいのかな」

(ここで、同じ室内にいた内海賢二さんが、小林さんに助け舟を出す)

内海さん「洋画の方がシリアスなものが多いですよ。やはり、アニメの方が多少シリアスさは薄いです。それをいかにシリアスにするかが、アニメの難しさでもあるんだけども。洋画の吹き替えも大変だけど、画に合わせていくのはアニメの方が大変です。声によって画が生きるか死ぬかが決まるのが、アニメだからね。洋画の方は俳優がちゃんとお芝居してますよね、それを(俳優の演技と吹き替えの声の)お互いの相乗効果で作っていくのが洋画です」

俳優の“演技”に、いかに声をシンクロさせていくかに非常にこだわっているという印象を持ちました。セリフだけじゃなく、表情とか息づかいですとか

内海さん「そう、それがチームワークですよ」

それでは、小林さんが今後やりたい役・俳優を教えてください

「難しいですね……。洋画のお仕事は、やればやるほど色々な女優さんの演技を見る時間を長くなりますから。自分の役として考えますし。たくさん機会があれば、同年代くらいの色々なタイプの女優さんをアテてみたいですね」

 
内海賢二さん(ボブ・ホスキンス役)インタビュー
今回演じられたバートというキャラクターについて、ご感想を聞かせてください

「バートたちのことは、高利貸しというだけでちゃんとは描かれていない。中国の青年とお母さんの悲劇があって、その青年は悪の世界で育ってしまうという。一応ね、バート本人も、どこかで彼に悪いなあという気持ちもある。『いいところで育ってりゃよかったのに、悪い世界に育っちゃって』みたいなね。ただ彼の役を演じていて面白いのは、単なる悪じゃない。色んな要素を持っている悪。そこが面白いんだよね。でも声をアテるこっちは大変! 映画は何年もかけて作られているのに、こっちは1日で演じきるわけだからね。 ボブ・ホスキンスは60歳過ぎてあんなにパワフルでしょ、私も負けられないし。だから2、3日酒飲まないようにして、今日に臨みました。片一方のお父さん(サム)はシブイ、それに可愛いお嬢ちゃんがいて、こっちとは両極端じゃない? その対比が面白いですよね。だから余計に悪くならなきゃいけない。でも、ダニーに対しても思うところがある。だからダニーを簡単に殺したりしない」

“親心”ですね

「悪人でも、それがある。(バートのキャラクターは)そこまで具体的に描かれていないし、うまく表現できたかは分かりませんが……ただ言えるのは、(声をアテる)役者の芝居に似ている、声が似てるとかではなくて、彼の中身を考えてどういう心情で喋るか、芝居するかという点に注意しました。サムが“静”の芝居なら、こっちは“動”の芝居で行かなきゃ、とは思いましたね」

本当にキャリアの長い内海さんですが、アテレコのお仕事のきっかけは?

「プロになったのは18歳くらいですね。今は69歳。キャリアはもう50年ほどになります。NHK劇団から九州朝日放送に移って、23歳で上京しました。ゴールデン街でバイトしながら、文学座に入りたかったけど、なかなか入れなくて(笑)。未来劇場という劇団で芝居してたら、この仕事をするようになって。人生において吹き替えた役の3分の2は、“悪”ですよ(笑)。それと、坂口(芳貞)さんみたいに、ぼくも黒人の声を担当することが多いんですよ。カッコイイ役はそんなにないですね、スティーブ・マックイーンくらいです。アニメもそうですね。(『北斗の拳』の)ラオウもね、ただの悪じゃないんですよ。本人の気持ち・やり方でいかに普通の悪にしないか、それが面白い。悪役を演じるほうが、絶対面白いと思います。ボブ・ホスキンスの芝居を見てても、凄いんですよ。相手があのモーガン・フリーマンだからいいけど、ほかの役者なら全部食われちゃう。それに可愛い女の子も出てくるし……となると、この作品で一番大変だったのは、少年のような声でしゃべるジェット・リーだったんじゃないかと思いますが」

今後声をアテてみたい俳優はいらっしゃいますか?

「この歳ですからねえ。『バットマン』でジョーカーをやりましたけど、ジャック・ニコルソンは好きですね。若い人でしたら、ジョニー・デップ! ぼくがあと20歳くらい若ければ(笑)、ぜひ声をアテたいです。彼は面白い芝居をしますしね。昔は、ゲイリー・クーパーだと黒沢良ひとりが吹き替えていたわけですよ。ゲイリー・クーパーはどの映画でもゲイリー・クーパー、ケイリー・グラントはケイリー・グラントというふうに、スターは映画によって役が変わっても演技は同じだった。でも今の役者は、役によって演技が全然違う。だから、吹き替えの声も同じ人が担当しなくてもいいんですよ。ロバート・デ・ニーロなんか、作品によって演技が全然違いますから。今はあんまり“自分の(声が担当の)役がある”とか言っちゃいけない。相手の演技によって、いかに切り替えられるかが重要だと思いますよ」

改めて吹き替えの世界の奥深さを知った気がします

「とくにこの映画は、字幕で見たら分からなくなっちゃうと思いますよ。画面で繰り広げられるアクションがすごくて、字幕だと目が追いつかないので、ぜひ吹き替えで楽しんでいただきたい」

 
木村絵理子さん(演出家)インタビュー
演出家としてのキャリアはどれくらいですか?

「気がついたら16、7年は経ったと思います。演出家になろうとは全く思っていなくて、新聞の求人欄に応募しただけなんです。それがこんなに続くなんて(苦笑)」

今回の『ダニー・ザ・ドッグ』は静と動の対比がポイントだと感じたのですが、演出する側としてどんな点を注意されましたか?

「ダニーの雰囲気ですね。ジェット・リーがずっと強い男を演じてきたのが、すごく弱々しい雰囲気になっているのがこの作品です。ダニー役の横堀(悦夫)さんをノせていきたいな、ほかのメンバーとの相乗効果で面白くなればいいな、と考えてました」

横堀さんも話されていましたが、ダニーの役作りでかなりギャップがあったとか

「そういったギャップをすり合わせて合わせていく作業、修正していく作業がないと、私たちの仕事がなくなっちゃいます(笑)。ちょっとギャップあった方が、“仕事した!”と思えますよ(爆笑)。でも横堀さんならきっと修正してキャラクターを成長させてくれると思っていましたから、心配はしてなかったですね」

何も知らなかった男が、やがて強い意志を持って家族を守ろうとする……その成長過程が吹き替えから強く感じられました。注目してほしいポイントを教えてください

「ジェット・リーの作品はもともと好きだったんです。今回は“犬”から“人間”になっていく過程のドラマが、モーガン・フリーマンによってすごく深みが出てます。オリジナルのコンセプトをうまく踏襲して、吹き替え版を作ったつもりなので、アクションも見せ場ですが、ドラマ部分の深みにもぜひ注目していただきたいですね」

吹き替えキャストの面々もまさにそうですね。どうやって決められるのですか?

「吹き替えの作業の中で、まず最初の楽しみがキャスティングです。これはかなり直感的なものがあって、ぼーっと作品をプレビューしているときに急に思いついて、跳ね除けようとしてもずっと頭に引っ掛かって、結局それがハマった、ということもあります。あとはバランス。今回は男性が多かったので、似たような声質がかぶらないように気をつけました。テレビの洋画劇場は、視聴者の方に1回見てもらってナンボですから、理解しやすく作る必要があるんです。声がかぶっちゃうと『あれ? さっきの人と関係あるんだっけ?』とか、観ている人の意識が変なところにいくものなんですよ」

それでは今回の充実感は?

「面白かったですね! 今回は、私たち的にもテレビ東京さん的にも人選がバッチリでした。モーガン・フリーマンは、坂口さん以外には考えられないですね。見事でした。逆にボブ・ホスキンスの内海さんは、声自体は似ていないですけど、あの濃いキャラが本当にハマっていますし」

「木曜洋画劇場」で印象に残ってる作品を教えてください

「私が一番最初に、お仕事させていただいたゴールデンの洋画枠が『木曜洋画劇場』なんです。新人のころ、番宣の制作(番組の予告編)とか、昔に作られた吹き替えをニューマスターにコピーするところから始まって、本当に色々教えていただいて……思い出深いですね。特に『プランサー』という作品が、私の『木曜洋画劇場』での初演出作品です。これが非常に感動的で、木曜洋画劇場っぽくない作品で(笑)。サンタのトナカイが迷子になって、少女がそれを戻してあげる話なんですけれど、アフレコでもダビングでも見るたびにいつも号泣して作っていました(笑)。その時キャスティングした子役の方とは、いまだに仕事でつながっているんですけど、会うたびに「プランサー!」って言い合うほど、この作品がすごく思い出に残ってます」

 

(取材・構成:村上健一)
協力:(株)フィールドワークス supported by allcinema ONLINE