台湾はいつまで現状を保てるか——習近平ですら描けない統一への道筋

「われわれには、あらゆる形式の『台湾独立』(台独)の企てをくじく確固たる意思と、十分な自信と能力がある。いかなる者、いかなる組織、いかなる政党がいかなる時、いかなる形式で、中国のいかなる領土を切り離すことも決して許さない」

くぐもった声の習近平総書記がこう台湾政策を締めくくると、人民大会堂のホールは大きな拍手に包まれた。台湾独立への厳しい警告だ。

習近平

習近平氏は党大会開幕にあたっての演説は3時間半にも及んだ。

REUTERS/Aly Song

統一は三大任務の一つ

10月24日まで開かれた中国共産党第19回党大会。台湾では、習氏がここで「台湾統一のスケジュールを打ち出すのでは」との観測がしきりだった。だがふたを開ければ、「平和統一、一国二制度の方針」をはじめ「一つの中国」をめぐる「92年合意の承認」「両岸関係の平和的発展」「平和統一のプロセスを推進」など、江沢民、胡錦涛の前指導者が敷いたレールをなぞるだけで、統一の時間表は設定しなかった。

台湾総統府は「両岸の安定維持というわれわれの立場は明確だ」と、現況維持と安定を求める抑制の効いたコメントを発表したが、「ほっとした」のが本音だろう。習氏は建国百年を迎える今世紀半ば(2049年)に、アメリカと肩を並べる「世界トップレベルの総合力と国際的影響力を持つ強国」にする野心的目標を設定した。

同時に、共産党の「歴史的三大任務」の一つとして「祖国統一の実現」を挙げる。これを素直に読めば、建国百年まで台湾統一を実現したい希望の表れとは言えるが、台北やワシントンは「タイムテーブル」とは受け止めていない。

毛沢東、鄧小平と並ぶ「偉大な指導者」を目指して権力強化の道をひた走る習氏。

だが、その彼ですら統一の時間表を描けないのはなぜか。「建前」と「本音」が交錯し、国家をめぐる「虚構」の維持によって、パワーシフトが進む東アジアで際どい「現状バランス」を保つ台湾問題に光を当ててみよう。キーワードは「現状維持」だ。

「暗黙の同盟」に民意が武器

台湾で初の住民投票による総統選挙が行われた1996年以来、李登輝、陳水扁という2代の総統が「台湾独立」と見なされる政策を打ち出すと、北京は台北に「文攻武嚇」(言論による攻撃と武力威嚇)を繰り返してきた。

国民党の馬英九時代は大幅に関係改善し、習氏とのトップ会談も実現した。しかし「台湾独立」を綱領にうたう民主進歩党(民進党)の蔡英文政権の誕生以来、両岸の公的な対話・交流は中断し「冷たい平和」状態に入った。台湾総統府の元高官が最近「台湾を武力統一する可能性が皆無でなくなってきた」とFacebookに書き込んだほどだ。

台湾の蔡総統

台湾総統の蔡英文氏。選挙の際の公約は「現状維持」だった。

REUTERS/Tyrone Siu

馬英九前政権は「統一も独立もしない」現状維持路線を掲げ、民進党の蔡氏も「現状維持」を公約にして総統に当選した。それは台湾住民の大多数が、「独立」でも「統一」でもない現状維持を望んでいるからである。台湾国立政治大学の最新調査(2017年6月)では、「独立」支持は約18%。「統一」は3%台にすぎず、「現状維持」が6割弱に上る。

選択の背景には「独立」すれば、北京が武力行使しかねない懸念がある。武力行使を思いとどまらせている要因の第一は、台湾に武器を供与するアメリカとの「暗黙の同盟関係」。台湾問題は米中関係の核心なのだ。そして第二に台湾の民意。民意に逆らって統一しても、国内に新たな「分裂勢力」を抱える結果になるだけである。

現状維持は東アジアの平和と安定にとってベターだが、それは永遠に続くのだろうか。21世紀半ばに中国がアメリカと並ぶ軍事強国になったとき、ワシントンは「暗黙の同盟」を守るだろうか。それこそが台湾にとっても、隣国日本にとっても安全保障上の重要ポイントである。

「現状は分裂していない」

しかし、武力行使「できない」隠れた最大の要因は北京側に内在している。それは中台関係の「現状」に対する法的認識だ。胡錦涛・前総書記は2008年末に発表した台湾政策で「大陸と台湾は統一していないといえども、中国の領土と主権は分裂していない」とする認識を初めて示した。

ここでいう中国とは実際の国家だろうか、あるいは虚構の国家なのかはっきりしない。だが北京がもし現状を「分裂している」と定義すれば、その瞬間から統一を実現しなければ、共産党は任務を放棄したことになる。統一は国家目標なのだから、「分裂した主権と領土」を回復しなければならない。

それは共産党指導部が、測りしれないストレスを抱え込むことを意味する。まずワシントンとの対決と衝突を覚悟しなければならない。さらに台湾民意を無視して統一すれば、世界から強い非難を浴び、中国主導のグローバル経済圏「一帯一路」にも「赤信号」がともる。

そんな「自殺行為」に等しい状況に陥るのを避けるため、「現状は分裂していない」という法理を打ち出したのである。現実的で賢明な政策と言っていい。今も大陸全土を支配している虚構を前提とした「中華民国憲法」は、北京と台北を皮一枚でつなげている。

「平和統一の可能性が失われたとき」……武力行使も

中国と台湾の国旗

中国と台湾は「統一」しているのか。北京は「現状は分裂していない」という見解で乗り切る方針だ。

David Carillet/shutterstock

しかし、無条件で現状を追認すれば、統一など夢物語に過ぎなくなる。ナショナリスティックな中国国内世論はそれを許すまい。2005年に成立した「反国家分裂法」は、「分裂していない」現状認識を踏まえているが、第8条に「非平和的方式(武力行使)」の条件を挙げた。

その条件とは、「台独」分裂勢力が①台湾を中国から切り離す事実をつくり②台湾の中国からの分離をもたらしかねない重大な事変が発生③平和統一の可能性が完全に失われたとき —— の三つである。この法律が制定された当時、世界中のメディアは、「武力行使容認の法律」と書いた。誤りではないが「現状維持法」の側面を無視した粗い解釈だった。

習氏は、台湾海峡を望む福建省のアモイ副市長や省長を長く務め、台湾政策によく通じている。江沢民、胡錦涛両氏の政策をなぞるだけでは、「偉大な指導者」にはなれない。

だが、今は時間表を描いて統一のプレッシャーを自分に課すだけの環境と実力はないということだろう。2018年末は、北京が武力統一路線から平和統一政策に転換した1979年の「台湾同胞に告げる書」発表40周年に当たる。習独自の台湾政策を来年末に出すはずだ。現状維持に一層枠をはめる方針を出す可能性は否定できない。

党機関紙の「人民日報」系の「環球時報」が昨年末(2016年12月17日)の記事 で、王在希氏(前国務院台湾弁公室副主任)の気になる発言を掲載した。彼は「台独を制止できる勢力はもはや台湾にはなく、それができるのは大陸だけ」とし、「平和統一の可能性はますます遠のいている」と述べた。「反国家分裂法」が想定する「平和統一の可能性が完全に失われたとき」が近づいているという不気味な見立てである。


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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