健康維持に狂言のすすめ 医師と作家が提唱 発声や所作、効果的

2021年1月14日 07時18分

DVDの撮影で太郎冠者を演じ「はーはははは」と笑う今枝さん(左)=名古屋市内で

 伝統芸能の狂言を認知症や介護の予防に役立てようと、愛知県内の医師と狂言作家らが取り組んでいる。一月中には第一弾として、狂言の発声や所作をまねることで脳や体を刺激するDVDが完成予定だ。自宅で一人でも簡単にできるのが特徴で、県内の市町村に無料で配布する。 (吉田瑠里)
 「いきいき脳・狂言」のタイトルが付いたDVDは三枚組みで、「声」「所作」「記憶」からなる。「声」では、舞台で使う装束を着けた狂言師が、狂言によく登場する太郎冠者(かじゃ)や大名といった人物の笑う、泣くなどを、独特の発声法で演じて手本を見せる。

◆腹の底から笑う

 例えば、山伏の笑いは、最初に「はー」と遠くまで声を飛ばし、「は、は、は、は」と次第に声を下げていく。腹の底から声を出すのがポイントだ。
 DVDを制作したのは、脳外科医で愛知県弥富市の海南病院名誉院長の山本直人さん(66)と、同県津島市の狂言作家、やまかわさとみさん(59)が共同代表を務める「脳能プロジェクト」だ。やまかわさんは三年半前に父親を亡くした。父親は、転んで頸椎(けいつい)を傷めて以降、病院や施設を転々とする間に認知症が進み、体を動かす意欲もなくなった。
 「うまく支えられなかった」と悔いが残る中、目を向けたのは、狂言師の体幹の強さだ。稽古中、正座から手を使わずに立ち上がるといった様子を見るたび、「日本の文化に根ざしたエクササイズを作れるのではないか」と考えたという。
 山本さんとの出会いは二〇一九年。地域のお年寄りを前に講演する機会も多かった山本さんは、認知症や介護の予防について、医学に基づいた情報を発信する必要性を感じていた。たまたま飲食店で同席した二人は意気投合。当初は、狂言師が介護施設などで実演するワークショップを計画したが、コロナ禍で難しくなりDVD制作に変更した。
 狂言は、室町時代の庶民の日常を描く喜劇が中心。DVDもユーモラスな場面を集め、これまで縁がなかった人が興味を持てるよう工夫した。

◆認知症予防にも

 医療監修をした山本さんは「認知症の中心的な症状は記憶障害。DVDは、記憶を出し入れする練習になる」と話す。狂言師の声や所作をまねることは、作業や動作に必要な情報を一時的に記憶するワーキングメモリーの訓練に役立つと見込まれる。さらに、三枚目のDVD「記憶」では、一〜二枚目の復習となるクイズを収録。「時間をおいて記憶を出し入れすると、脳が鍛えられる」と言う。
 片足で立ったり、手を上げたりといった所作も「全身の血流を増やし、脳と体を元気にする」と力を込める。加えて、過去を思い出して語ることで認知症を防ぐ「回想法」に結びつく期待も。「社会が洋風化する中、背筋が伸びた和服姿を見ることが昔を思い出すきっかけになれば」と話す。
 DVDには、同県内の和泉流狂言師四人、囃子(はやし)方四人が出演。狂言師の今枝郁雄さん(56)は「演じるときは、遠くまで届くよう大きく体を動かし、声を出す」と説明する。「コロナ禍の今は、人と会う機会が減って表情も乏しくなりがちだが、われわれと一緒に感情をあらわにしてストレスを発散して」と呼び掛ける。
 DVDは一枚三十分程度で、二百セットを制作。価格は二千円程度の予定だ。海南病院のある愛知県海部(あま)地域の七市町村に無料で配るほか、希望者には見本としてダイジェスト版動画のURLを送り、購入できるようにする。問い合わせは同プロジェクト=Eメールnounoupjt@gmail.com=へ。

DVDの表紙画像を手にする山本直人さん(左)とやまかわさとみさん=愛知県弥富市で


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