中国の東北部、旧満洲に終戦前後の混乱で取り残され、養父母に育てられたのが中国残留邦人(中国残留孤児、残留婦人)です。1980~90年代を中心に、約6700人が日本に帰国しました。現在の平均年齢は80歳で、配偶者共々、介護が必要な人も増えています。今回は、こうした中国残留邦人が主に利用する介護施設について、取材しました。

新たにオープンした埼玉・戸田市の施設

中国からの帰国者向けのデイサービス施設を子供や孫の世代、帰国者二世、三世が中心になって、東京・板橋区や江戸川区、埼玉県所沢市、横浜市などで別々に運営してきましたが、5年前に名前を「一笑苑」に統一しました。

そして2023年、埼玉の戸田市に新しい「一笑苑」がオープン、6月にお祝いの式典が行われました。「一笑苑グループ」の代表、二世の佐々木弘志さんらが、テープカットを行い、佐々木さんは中国語と日本語で「ほんとによかった。一笑苑開業のお祝いの日に、みんな来ていただいて、ありがとうございます」とあいさつしました。

帰国者の二世、三世がお祝いに駆けつけた

言葉が通じないことの難しさ

中国からの帰国者は、取り残された時の年齢、日本に帰国した時期、中国と日本での暮らしの状況などによって、日本語の能力は様々です。全くできない人、日常会話なら少しだけ、という人も少なくありません。2017年から板橋の一笑苑を運営する、帰国者三世の三上貴世さんは、運営の指導のため、戸田に通ってきています。中国語ができるヘルパーは少ないので、帰国者への訪問介護の現場について、具体例を挙げて、こう説明します。

板橋の一笑苑を運営する帰国者三世の三上貴世さん
「やっぱり言葉が通じなくて、ここは掃除しなくていいよって言っているけど、逆に掃除しなくていいところを一生懸命ふいてあげたり。あと、どうしても、日本料理が食べられなくて、ヘルパーさんがせっかく作ったんだけど、食べられないとか。ヘルパーさんも一生懸命、意図が通じるように、辞書持ってきたりして、その気持ちはすごく感動するんですけど、やっぱり通じあわないところがあるんですね」

板橋でも戸田でも、食事は栄養、健康に配慮した、主に中国東北部の味付け。レクリエーションの時間、カラオケで歌うのは、中国の流行歌や中国でも知られている日本の歌です。日本語がかなりできても、子供の頃の話題になると周りと合わないので、地域のデイサービスではなく、一笑苑を利用する人もいます。状況は様々ですが、帰国者とその配偶者が孤独な老後を送ることのないようにと、取り組んできたんです。

一笑苑の送迎用の車

「泊まれる」施設の必要性

最近は、配偶者が亡くなり、ひとり暮らしの人も多いので、三上さんたちは、日中を過ごすデイサービスだけでなく、泊まれる施設を作りたいとずっと考えてきました。利用者の家族からも要望がありました。例えば、戦争の記憶がはっきりある世代の状況について、三上さんはこう話します。

板橋の一笑苑を運営する帰国者三世の三上貴世さん
「ひとり暮らしができない人も多いです。雷とかが拳銃の音とつながってて、どうしても戦争の記憶が抜けなくて、特に7月、8月になると、なんか追いかけられる夢をみたりとか、眠れなくなる人もいます。一日何回も、子供に電話を掛けたりするんです。ある日突然、残留孤児になったので、ひとりぼっちになったらどうしようとか、捨てられるとか、認知症があると、すごい不安だったことを思い出す。隣の人は声かけられるのに、私は声かけられないと、嫌われたんじゃないかとか捨てられたんじゃないかとか思ってしまう人はやっぱり結構いるんです」

厚生労働省は、施設を訪ねて中国語で語りかけるボランティア活動を実施したり、中国語対応が可能な介護事業所をウェブで公開しています。ただ、中国語ができるスタッフ、人がいても、帰国者だけにかかりきりになることはできません。スタッフも休みの日があります。

一笑苑 戸田

「一笑苑 戸田」は、老人ホームとして使われていた建物を借りていて、2023年7月現在はデイサービスの延長で泊まれます。全員中国語ができるスタッフで、有料老人ホームとしての認可の手続きを進めているところです。

お祝いの日には、東京・練馬区で、帰国者の介護に関わる、二世の小宮立先さんも駆けつけていました。小宮さんは「区役所に頼まれて、ケアマネージャーをやってます。中国語と両方できるので。私の担当の利用者さん何人かがここを利用しています。泊まるところができて、助かります。家に帰っても、一人で暮らせない方がいるので。ちょっと、ほっとしました」と話していました。 

一笑苑に関わる二世、三世がテープカット

まだ残る今後の課題

帰国者の二世も高齢化していますので、泊まれる介護施設は戸田だけでは足りません。介護の制度について詳しく伝わらず、利用していない人も多いとみられます。二世、三世の努力を後押しする支援が求められています。

日本社会には中国からの帰国者より前から、朝鮮半島や台湾にルーツがある人がいますし、インドシナ難民、日系人ほか外国にルーツのある人、違う文化で育った人が年々増え、多様化しています。「誰もがいつか老いを迎える」という当たり前のことが見過ごされている現状があります。

TBSラジオ「人権TODAY」担当 崎山敏也(TBSラジオ記者)