政府から「医療崩壊と書かないで」。厳しい現場取材、役所発表頼み。コロナで感じる報道萎縮と自粛

新聞各紙

パンデミックという初めて経験する事態に、報道現場でも試行錯誤と戸惑い、不安が広がる。

撮影:Business Insider Japan

「嘆かわしい。こういう環境だから仕方がないという、お涙頂戴のアンケート報告か」

「まるで飲み屋での愚痴のようだ」

アンケート結果に対する評価は散々だった。ネットメディアでは「新聞・TV『政府の言いなり』の何とも呆れる実態」と報じられた。

そのアンケートとは、新聞、放送などのメディア関連労組でつくる「日本マスコミ文化情報労組会議(通称MIC)」が報道関係者を対象に、2月末から実施した「報道の危機アンケート」。国境なき記者団の「2020年報道の自由度ランキング」に合わせて4月21日に公表した結果(有効回答214件)は、萎縮や忖度が広がる報道現場の声に満ちていたからだ。

マスクなし、次々離脱するスタッフ

街頭・安倍会見

4月7日の緊急事態宣言発令以降、報道現場の制約も強まった。

撮影:竹井俊晴

もともと雇用不安がジャーナリズムの萎縮につながっている状況を探る目的だった。

テレビ朝日が、「報道ステーション」を中核で支えてきた約10人の社外スタッフに契約終了を言い渡した問題で、2月に院内集会を開いた際、番組関係者から、

「スタッフの間には不信感と同時に不安も蔓延している。今後は『番組の方向性が間違っているのでは』と思ったとしても、発言は控えてしまうかもしれない。これがテレ朝の最大の目的だったのではないかとも思ってしまう」

などの声が寄せられたからだ。現場の声や課題を可視化するために、気軽に回答できるアンケートフォームを開設した。

回答数が急増したのは、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、安倍晋三首相が「緊急事態宣言」を発令した4月7日以降だ。

「次から次へ発熱するスタッフが離脱し、残された者たちは疲弊する一方。『明日コロナになるかも』とフルストレスで気が狂いそうだ」(東京の放送局関連社員)

「マスクもなく、社が安全性を考えていない」(通信社社員)

対面取材できず、発表頼みの報道

小池会見

感染を防ぐために、記者の対面取材には上司の許可が必要な社も。現場取材が難しく、会見で発表されたことの「検証」が制限されている。

撮影:吉川慧

そうした健康の「危機」を訴える回答もあるが、多くは「感染防止」を理由に進む取材の制限や自粛が報道に与える影響だ。通常の対面取材が難しくなるなか、発表に頼る報道が増えているという意見が相次いだ。

「テレワーク推進後、現場に入る記者が減り発表原稿が増えた。またコロナとバッシングの怖さから現場を見ていなくてもやむを得ない雰囲気がある」(ブロック紙の新聞社社員)

「『医療崩壊』という言葉についても、政府や自治体の長が『ギリギリ持ちこたえている』と表現すると、それをそのまま検証もせずに垂れ流してしまっている。実際の現場の声よりも、政治家の声を優先して伝えてしまっている。お上のお墨付きがないと、今がどういう状態なのか、判断できない」(全国紙の新聞社社員)

「大本営発表しかしていない」(放送局社員)

「感染が確認された事業者自身が貼り紙やサイトで公表しているのに、行政が発表しないと掲載しない。報道現場は公の発表だけを出すのではなく、独自判断をすべきだ」(新聞・通信社社員)

「記者勉強会で政府側から『医療崩壊と書かないでほしい』という要請が行われている」(新聞・通信社社員)

「医療崩壊と書かないで欲しい」という衝撃的な回答が寄せられたのは4月中旬。

日本医師会が「医療危機的状況宣言」を表明した後も、政府が「ギリギリ持ちこたえている」(菅義偉官房長官、4月2日の記者会見)、「我が国は幸い、今のところ諸外国のようないわゆる『医療崩壊』といった最悪の事態は生じていません」(安倍晋三首相、4月7日の衆院議院運営委員会)と打ち消し続けていた後の回答だ。

アンケートに書かれた「記者勉強会」や「政府側」が具体的に何を指すのかは、残念ながら現時点で特定できていない。この回答者は、「医療現場からさまざまな悲鳴が聞こえてきているので、(医療崩壊の)報道が止まるところまではいっていない」と直接的な効力は否定していたが、「『感染防止』を理由に対面取材も難しくなっており、当局の発信に報道が流されていく恐れがある」という懸念を記していた。

政府の新型コロナ対応を取材している新聞社の記者は、

「1月に国内初の感染者が見つかってから厚生労働省での記者レクが連日のように続き、担当記者も疲弊していたが、出勤が制限されるようになり、さらに効率良く情報を取ることが求められている。政府対応の問題点も指摘しているつもりだが、報道の大きな流れは発表によってつくられてしまっている」

と話す。

アンケートには

「自社幹部からは感染防止の知識が乏しいことに起因する、取材手法を自主規制するような指示もある」(地方紙の新聞社社員)

というマネジメントに関する回答も寄せられた。別の放送局記者は、

「報道機関の中からも感染者が出て、自社が感染源になりたくないという気持ちが強い」

と語る。

「情報発信の責任の所在があいまい」

専門家会議

4月22日の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の記者会見。

撮影:三田理紗子(会見のYouTube画像を撮影)

アンケートフォームには、4月21日に結果を公表した後も次のような意見が寄せられている。

「クラスター班のメンバーが厚労省の会見場で、『行動制限しなければ、国内で42万人死亡』という試算を公表したが、後になって官邸や厚労省は『政府の見解ではない』と打ち消した。昼のニュースですでに流しており、『42万人死亡』が一人歩きした。試算の公表もなぜか『記者会見』ではなく、『意見交換会』という位置づけで、責任の所在があいまいになっている」(放送局社員)

「専門家会議のメンバーは、自分たちが立ち上げたnoteに『体調が悪いときにすること #うちで治そう #4日間はうちで』と掲げていたにもかかわらず、自宅での死亡が相次ぐと、『4日間様子をみてくださいというメッセージと取られたが、いつもと違う症状が少なくとも4日続く場合は相談して欲しいということだった』と言い出した。まるで歴史修正。この人たちの発言を根拠に報道する危うさを感じる」(新聞・通信社社員)

前者は4月15日にクラスター班の西浦博・北海道大学教授が発表した内容、後者は「コロナ専門家有志の会」の4月8日付のnoteと4月22日の専門家会議後の記者会見の内容を指していると思われる。

コロナで吹き出した報道機関の体質問題

コロナ禍で噴き出している現場の危機感は、日本の報道機関が抱えてきた体質に根ざしている。

アンケートでは、

「スクープを取るには多くの場合、情報が最も集中する政権側と伴走するのが好都合で、御用記者が後を絶たない」(放送局社員)

「経営幹部が、世の中に意義のある放送を出すことよりも、政権ににらまれないなど、リスク回避が最優先になっている」(放送局社員)

など、権力との関係性を重視する体質への意見が相次いだ。こうした組織の体質が現場に影響し、

「過剰な忖度だとわかりながら面倒に巻き込まれたくないとの『事なかれ主義』が蔓延している。自分たちがジャーナリズムを担っているという自覚に薄く、とにかく無難にやり過ごすことが行動原理になってしまっている」(放送局社員)

「忖度が日常になっている」(新聞・通信社社員)

「異論が言いにくい雰囲気」(新聞・通信社記者)

という状況を招いている。

官房長官会見も1社1人に限定

官房長官会見

感染防止の名のもと、会見への記者の参加が制限されれば、多様な視点からの検証が難しくなる。

REUTERS/Toru Hanai

安倍晋三首相が新型コロナウイルスに関して初めて行った記者会見(2月29日)では、予定調和のやりとりが続いた後、フリーランスの記者が「まだ質問があります」と声をあげたのに、ほかの記者が沈黙していたことが批判を浴びた。

その後の首相記者会見では、官邸記者クラブの記者が十分な質疑時間の確保を求めたり、事前の質問通告を拒否したりするなど押し返す動きが出たが、政府は緊急事態宣言以降、「感染防止」を理由に平日2回行われている官房長官の記者会見に出席する記者を「1社1人」に絞る制限を始めた。事実上、官房長官の番記者しか参加できなくなるルールだ。

記者登録制を導入し、「大本営発表」一色に染まった戦前の報道の過ちを繰り返さないためにも、危機時こそ多様な角度からの質疑が保障されなければならないが、報道機関がしっかり押し返すことができていない。官房長官側が同時に提案した記者会見の回数削減は撤回させたが、「多様性」に鈍感な姿は、上記のアンケート回答で浮き彫りになった報道機関の体質が現れたもので、権力の意向に染まりやすくなる。

アンケートでは、「現在の報道現場で『報道の自由』を阻害している要因として感じているもの」を尋ねた設問で、「報道機関幹部の姿勢」と答えた人が82.7%に上り、「政権の姿勢」(68.7%)を上回った。特に放送局系の現職では、「報道機関幹部の姿勢」が9割を超えた。

会見ではとことん質問を、ルールは記者がつくる

国際報道自由デーの5月3日、このアンケート結果などを基に議論したオンライン番組で、出演した新聞・テレビの現役記者たちは、権力からの圧力をしっかりメディアが押し返していくことの必要性を訴えた。

元報道ステーションのプロデューサーである松原文枝さんは、

「記者会見は記者の質問をとことん聞く場所で、記者も自覚してルールをつくっていかないと、ただの政府広報の場になってしまう」

と指摘。さらに新型コロナの影で進んでいる問題にも触れ、

「権力は常にニュースにしなくなる時期を選んで、スルッと大事なことをやる。だからこそ、私たちは報じないといけないし、メディアが問われている」

と語った。

番組では、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんが、

「ジャーナリストはリスクをゼロにすることはできない。ゼロにする唯一の方法は沈黙することだ。そしてその沈黙は、独裁者を利するだろう」

というアメリカのケリー元国務長官の言葉を紹介した。

「アベノマスク」や現金給付をめぐる混乱などで、テレビでも政権批判が強まり、一見、「報道の自由」は保たれているように見えるが、コロナ危機は日本の報道機関の従来型の手法や体質の限界を映し出している。今こそ、報道機関の内部から声をあげて転換を図っていかなければならない。

南彰(みなみ・あきら):新聞労連中央執行委員長。1979年生まれ。2002年朝日新聞社入社。2008年から朝日新聞東京政治部、大阪社会部で政治を中心に取材。2018年から新聞労連に出向、中央執行委員長を務める。著書に『報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったか』『安倍政治 100のファクトチェック』がある。

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