ベテランは健在なり。改めて日髙良実さんの料理を食して抱いた率直な感想だ。主役の魚介は本領を遺憾なく発揮。日本人の繊細な感性は盛り付けでも存分に確認できる。すべてが優しく、安堵するおいしさ。
「けれど、西麻布に『アクアパッツァ』を開いた当初は各地の素朴な料理をアレンジせず提供していました」
だから店名は「アクアパッツァ」とした。今でこそ誰もが知る郷土料理だが、広めた功績は日髙さんにある。魅力を日本の食材で提示した点でもパイオニアだ。
「最初の支配人が飯倉の『キャンティ』出身でコアなお客様も多かったんですが、そういう方の好みは旬の食材をシンプルに調理した料理だと気付いて。だから、日本の食材を取り入れました。これだ、と確信した」
西麻布で10年、広尾に移転して17年半。自身のスタイルを堅持し、精度を高めながら歩んできた「アクアパッツァ」は、今年4月突如、南青山に移転した。
「不本意ではありました。非はこちらにありますが……急だったので移転のご案内もままならず、お客様には不義理をしたと思っています」
しかし、新天地は、初見で「ここで再開できたら最高」とすぐに惚れた物件。2階にあって広尾時代より明るく、席数も多い。だからこそ日髙さんも前を向く。
「広尾の終盤は現状維持の気持ちが強く、少し保守的になっていたかもしれません。しかし、青山はこれだけの規模ですからね。日本の旬をシンプルに表現したイタリアンという軸を変えるつもりはありませんが、新しいことにもチャレンジしていきたいですね」
還暦を過ぎてなお貪欲に。そして、日本の食材の探究は続けていきたいと語る。
「食材を知らなければシンプルな料理は作れません。スタッフにも伝えていくつもりです。そうして、『アクアパッツァ』の名を残す。今はそんな使命感もあります」
優しさに魅了された者は素直に、継続を喜ぶのみだ。
リストランテ アクアパッツァ
イタリア各地で修業し、「リストランテ山﨑」でも活躍した日髙良実さんを料理長に迎え、1990年に西麻布で開店。本場仕込みの郷土料理を日本の食材で再構築し、評判を集める。2001年に広尾に移転。オーナーシェフとなり、17年半にわたって日本のイタリアンを牽引する。広尾は今年3月までで閉店。翌月、進化を感じさせる南青山の広い店舗で再オープンを果たした。