<カジュアル美術館>明日の神話 岡本太郎 渋谷マークシティ

2020年4月12日 02時00分

1969年5・5×30メートル

 これまで美術館の所蔵品を紹介してきた「カジュアル美術館」。新型コロナウイルス対策で休館が相次ぎ、外出さえままならない今こそ、街中のパブリックアートを紹介したい。
 京王井の頭線とJRの渋谷駅の連絡通路にある「明日の神話」は、日本を代表する芸術家、岡本太郎(一九一一~九六年)が核の脅威を描いた巨大壁画だ。中央に、激しく燃える骸骨が浮かんでいる。背後の群衆は原爆の被爆者だろうか。
 だが、陰惨な絵ではない。画面を横切る鮮やかな赤い炎には生命力が宿り、左端の三人の人物は穏やかで仲むつまじい。一九五四年の米国の水爆実験で被ばくした第五福竜丸がモデルとみられる船は、手足を生やしたのどかな姿でマグロを引く。きのこ雲は子どものような表情でペロリと舌を出す。
 NPO法人「明日の神話保全継承機構」によると、太郎は生前のインタビューで「原爆が爆発し世界は混乱するが、人間はその災い、運命を乗り越え未来を切り開いていく気持ちを表現した」と語ったという。
 「芸術は爆発だ!」のせりふと変わり者のイメージが独り歩きする太郎だが、「爆発」とは何を意味するのだろう。椹木野衣(さわらぎのい)・多摩美術大教授は著書「太郎と爆発」で、その真意を「核爆発の炸裂(さくれつ)が持つ美と残酷という対極」だと読み解く。人間は過ちを犯すが、同時に気高い。その矛盾が「爆発」として画面に同居しているのだ。
 壁画の盛んな国メキシコで生まれた作品だ。六八年のメキシコ五輪に向けて建設中のホテルに飾るため依頼されたが、ホテルは未完成のまま売却され、壁画も行方不明に。ちなみに太郎は同時期、七〇年の大阪万博の「太陽の塔」も手掛けている。
 太郎は「燃えている骸骨に、不吉とか嫌悪感を示す人は一人もいなかった」と旅行記につづっている。メキシコの祝祭「死者の日」で親しまれる骸骨は、死だけでなく再生も象徴する一種の国民的キャラクターだ。
 二〇〇三年に現地の工業団地で発見され、大掛かりな修復を経て、〇八年から渋谷駅に。再び注目されたのは一一年、東日本大震災の直後。若手芸術グループ「Chim↑Pom(チンポム)」が東京電力福島第一原発事故を描いたパネルを作品の右下隅に付け足し、議論を呼んだが、核をテーマとした太郎の先見性を再認識させた騒動だった。あれから九年。壁画の前で足を止める人は意外と少ない。その様子は、原発事故の収束作業が日常となった社会を映すようでもある。
 太郎の秘書で人生の伴侶(戸籍上は養女)だった敏子(一九二六~二〇〇五年)はこう書きのこしている。「テロ、報復、果てしない殺戮(さつりく)、核拡散、ウイルスは不気味にひろがり、地球は回復不能な破滅の道につき進んでいるように見える」「負けないぞ。絵全体が高らかに哄笑(こうしょう)し、誇り高く炸裂している」。未知のウイルスのパンデミック(世界的大流行)は、放射能と同じく目に見えない脅威だ。災厄に直面した今だからこそ、この絵の迫力に目を奪われる。

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 「明日の神話」が公開されているのは、京王井の頭線渋谷駅に直結する複合ビル「渋谷マークシティ」2階。始発から終電までの間、無料で自由に観覧できる。「明日の神話保全継承機構」のウェブサイト上でも作品の画像と解説が公開されている。
 文・谷岡聖史/写真・五十嵐文人
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