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【出版】本当の出版不況は、まだ来ていない

2009年2月10日

  • 筆者 星野 渉

 出版産業はこの10年以上、不況と言われてきた。”出版不況”なる言葉が一般紙やテレビニュースなどで流れることも多い。しかし、その不況の正体とは一体何なのだろうか。少なくとも、産業の各種データを見ている私には、巷間言われるような「活字離れ」「本(書籍)離れ」=出版不況という結びつけ方はあまりに短絡に過ぎるように思われる。

 確かに出版産業全体の売上規模は、1997年から右肩下がりになっている。全国出版協会出版科学研究所1の調査によると、96年の書籍・雑誌販売額(コミックやムックも含む)は2兆6563億円余だったのに対して、10年後の07年の販売額は2兆853億円余と減っている。まさに不況と言われても仕方がない状況である。

 しかし、この内容をもう少し詳しく見る必要がある。まず、出版物への需要を知るためには、単価によって左右される販売金額の推移よりも、読者が本や雑誌を何冊買ったのかを示す販売部数を見るべきである。

 書籍の販売部数をみると、実はピークを迎えたのは20年も前の88年である。それ以降減少を続けては来たが、03年以降は年によって増減を繰り返し、ほぼ横這いを辿っている。07年は隔年で200万部以上販売されてきた『ハリー・ポッター』が出なかった年にもかかわらず、前年比で23万冊増加していた。実は書籍の需要は大きく落ち込んではいないのである。

 こうしたデータから、おそらく書籍は市場が成熟し、日本の人口、言い換えれば日本語を読める人の数がこれ以上増えない以上、極端に拡大することはないが、今でも一定の需要はあると考えるのが自然である。

 むしろ、光文社の古典新訳のように古典名作を翻訳し直したり、集英社の『人間失格』のように表紙絵を変えたりすることで、若い読者に受け入れられるといった現象は起きており、さらに、インターネットや携帯電話で無料で読むことができるブログやケータイ小説が、書籍化によってベストセラーになるということは、活字(著作物)をパッケージ化して流通させることで、出版システムや著者が活動を継続するという書籍による再生産構造は、今でも機能しているといえる。

 その意味で出版産業は、いわゆる書籍が読まれなくなったために不況に陥ったのではないといえるのだ。書籍=本は今でも一定程度は購入され、読まれている。

 それとは逆に深刻なのは、雑誌である。

 先に挙げた販売部数のデータを見ると、雑誌がピークを迎えたのは95年、集英社の「週刊少年ジャンプ」が、人気漫画「ドラゴンボール」などの連載によって653万部という空前の部数を記録した年だった(この後、「ドラゴンボール」の連載終了などにより同誌の部数は急速に減少していった)。

 その年を境に雑誌の販売部数は減少に転じ、出版科学研究所のデータでは、当時に比べて07年の雑誌総販売部数は30%以上も減少している。

 しかも、この調査では雑誌にマンガ単行本(コミックス)やムック、パートワークという今でも比較的堅調なジャンルが含まれており、定期刊行物だけならさらに厳しい状況である。

 これほど急激な需要の減退は、読者の財布のひもが堅くなったといったことでは説明できない。明らかに、人々が情報摂取を雑誌以外に求めているということである。

◆雑誌の不振がもたらす深刻な事態

  雑誌の不振がインターネットや携帯電話の影響であるとすれば、これは非可逆的な流れであると言わざるを得ない。もちろん雑誌すべてがなくなるとは思わないが、かつてのように雑誌が趣味や嗜好のコミュニティーメディアの王様として君臨した時代は終わったということだ。

 そして、雑誌の構造的な不振は、書籍にとっても極めて深刻な事態なのだ。

 日本の出版産業では、出版社が作った本の相当部分が卸会社の取次を経由して書店に流通している。欧米や韓国など多くの国は、出版社が直接、書店に卸しているケースが多く、取次経由のシェアは20〜30%程度だが、日本の場合、直接取引の比率はごく僅かである。

 また、この取次がもつ「委託」という返品自由な取引方法と、自動的に書店に流通させる「配本」という仕組みは、出版社がほとんど営業活動しなくても本が流通し、書店は売れ残りを恐れずに商品を陳列できるため、世界屈指の出版市場を作りあげてきた。

 しかし、取次、中でも高いシェアを持つ大手取次の収益は、大量流通できる雑誌に依存しており、書籍はそのついでに流通させてきたというのが実態である。

 このため、雑誌の不振によって取次システムが揺らげば、書籍の流通も影響を被るのである。要するに、今までは雑誌が儲かっていたから手間がかかって儲からない書籍も運べていたが、雑誌が売れなくなると、その余裕がなくなるというわけだ。

 雑誌の不振が情報流通の変化という構造的な要因による以上、この先、雑誌に依存してきた取次システムが高い収益力を維持していくことは難しい。もし、取次が効率を求めるために書籍の「委託」や「配本」という仕組みを変更すれば、取次システムにどっぷり依存してきた多くの出版社は市場へのアプローチができなくなってしまうであろう。

 そのとき、初めて市場の変化という大きな波が本格的にメーカーである出版社に及ぶのであり、それが本当の意味での出版不況だと言えるのだ。

 このように出版不況が来るとするならば、それは戦後の出版産業を支え、成長させてきた雑誌依存型の取次システムというインフラストラクチャの転換を意味するのである。(「ジャーナリズム」08年10月号掲載)

注1:52年から取次・書店ルートにおける書籍、雑誌の販売金額、販売部数などのデータを集計している。

    ◇

星野 渉 ほしの・わたる

文化通信社取締役編集長、東洋大学非常勤講師。1964年東京都生まれ。國學院大学卒。共著に『オンライン書店の可能性を探る.書籍流通はどう変わるか』(日本エディタースクール)、『出版メディア入門』(日本評論社)など。

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