安倍氏国葬、歴代首相との違いは? 
ビジュアル解説

共同

政府は27日、日本武道館(東京・千代田)で安倍晋三元首相の国葬を営む。首相経験者では1967年の吉田茂元首相以来、戦後2例目だが、そもそも国葬とは何か、吉田氏の時はどのような様子だったのか、海外の事例はどうか、国葬についてビジュアル解説する。



安倍氏国葬をめぐる経緯

安倍氏が銃撃を受け死去したのは7月8日。14日には岸田文雄首相が国葬を執り行うことを表明し、国会審議を経ず22日に閣議決定した。岸田首相が初めて国会質疑に応じたのは今月8日、衆参両院の議院運営委員会の閉会中審査だった。



岸田首相が示した4つの根拠



国葬とは

国葬は国に功労のあった人の死去に際し、政府が主催し全額国費で執り行う葬儀だ。正式には「国葬儀」と呼ぶ。どのような基準で国葬を催すのかを定めた法律はない。

政府は安倍氏国葬の法的根拠として内閣府の所掌事務を規定する内閣府設置法をあげた。2001年施行の同法は内閣府の所掌事務として4条3項に「国の儀式」を挙げている。今回はこれに当たると位置づけた。

戦前までは法的根拠として国葬令があった。皇太子ら皇族のほかに「国家に偉勲ある者」を対象と定め、伊藤博文氏、山県有朋氏ら首相経験者や、東郷平八郎氏、山本五十六氏といった軍人が国葬で送られた。

東京・芝の水交社を出て日比谷公園の斎場に向かう山本五十六氏の葬列(1943年)=共同

同令は戦後、日本国憲法の施行に伴って廃止され、いまは死去までの事情を踏まえ、時の内閣が行政権の行使としてその都度判断する。吉田氏の国葬は同氏を師と仰いだ当時の佐藤栄作首相の意向で決まった。特例扱いで実施することで野党の理解を取り付けた。

国葬と似た言葉に「国民葬」がある。1975年に執り行われた佐藤元首相の葬儀形式がこれにあたる。佐藤氏の際も国葬を求める声はあったが、野党などの反対も踏まえ、政府、自民党、国民有志が費用を分担する国民葬で決着した。

80年に亡くなった大平正芳元首相以降は、政府と自民党が費用を折半する「内閣・自民党合同葬」が主流となる。最近では2020年の中曽根康弘元首相の葬儀もこの形式だった。

国葬や国民葬、合同葬に法律上の明確な定義はなく、支出する主体の違いによって慣例で呼称を使い分けてきた。いずれも閣議決定を根拠とする。

なお、田中角栄元首相の場合は自民党と田中家の合同葬だった。ロッキード事件で逮捕され刑事被告人のまま亡くなったためで、当時の政権も細川護熙政権で、自民党は野党だった。



吉田氏の国葬

    大内博氏撮影・共同
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神奈川県大磯町の吉田氏邸から日本武道館へ向かう葬列を中学生らが見送った(1967年10月31日)

自衛隊の儀仗(ぎじょう)兵らが整列する中、葬列が日本武道館に到着

国葬儀委員長の佐藤栄作首相が先導し、吉田氏の遺骨は会場へ

巨大な遺影を前に佐藤首相や衆院議長、参院議長らが追悼の辞を述べた

天皇、皇后両陛下の使者による拝礼の後、皇太子ご夫妻が供花

72カ国の外交使節、各界代表者など約6000人が参列し、国葬を見守った

政府作成の「故吉田茂国葬儀記録」によると、午後0時10分、「総理府関係のバスの到着を先頭にバスは長蛇の列をなし、これからおり立つ参列者の団体の波また波が、(省略)入り乱れ一時は混乱が起こるかと心配された」とある。しかし、遺骨到着の40分前には「無事参列者の入場を終わることが出来た」。吉田氏の遺骨は午後0時25分、神奈川・大磯の同氏邸を出発。午後2時、「水を打つた静けさと緊張とに包まれる中」、日本武道館に到着し、「自衛隊の弔砲十九発が秋空にとどろく中を佐藤国葬儀委員長の出迎えを受けて」会場に運ばれた。



吉田、安倍両氏の国葬を比較







安倍氏国葬の国費内訳

物価の違いなどから単純比較はできないが、吉田氏国葬の国費はおよそ1800万円だった。安倍氏の費用総額は16億6000万円になる見込みだ。政府は当初、会場の借り上げや設営にかかるおよそ2億5000万円のみを開示していたが、その後、警備費およそ8億円、接遇費およそ6億円を追加で明らかにした。松野博一官房長官は最終的な費用の総額は国葬後にできるだけ速やかに示すと主張している。



割れる世論

日本経済新聞社が今月16~18日に行った世論調査では、安倍氏国葬に「反対」は60%だった。同じ質問をした7月29~31日の調査では「反対」は47%で、13ポイント高くなった。反対論が出る一因は全額国費を支出する費用の問題だ。総額16億6000万円のうち、当初開示したのは2億5000万円。事前に公表する額を少なくみせようとしたのではないかとの批判があった。



海外の事例



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海外では国家元首の経験者らが国葬の対象となってきた。

英国は今月8日に亡くなった女王エリザベス2世の国葬を19日にロンドンのウェストミンスター寺院で執り行った。当日は休日とし、全土で2分間の黙とうをささげた。

同国の国葬は王室や特別な功労者が対象で、首相経験者らは議会の承認が必要だ。対象は限られ、戦後の首相経験者では1965年のチャーチル元首相のみだ。第2次世界大戦を勝利に導いた功績などが評価された。

国王や女王の合意が要件とされる「儀礼葬」もあり、サッチャー元首相やダイアナ元皇太子妃、女王エリザベス2世の夫で2021年に亡くなったフィリップ殿下は儀礼葬だった。

米国には国葬を規定する法律はなく、慣習として主に大統領経験者を対象に首都ワシントンで執り行ってきた。近年では2004年のレーガン氏、07年のフォード氏、18年のブッシュ(父)氏の例がある。

フランスでは大統領経験者らを国葬の対象とするものの、遺言などで辞退することが慣例になっている。1970年に死去したドゴール元大統領が「国葬は不要」と言い残したことから始まった。

ドゴール氏の葬儀は近親者らで営まれ、仏政府はノートルダム寺院で追悼ミサを開いた。ポンピドー、ミッテラン各元大統領も国葬を辞退した。

取材・記事
竹内悠介、河野真央

グラフィックス
仙石奈央