厚底が主流に!
この冬の日本のマラソン界では、「マラソングランドチャンピオンシップ」への出場権をかけたレースが各地で続いた。選手が目指すのは2020年、東京オリンピックでのメダルとあって、ハイレベルのレース展開と好記録に興味が尽きなかったが、市民ランナーとしてトップランナーとおなじ大会で走るのを楽しみにしている筆者には、そんな本来の興味以外にも、素朴な関心事があった。
トップ選手のランニング・ウェアである。とくにシューズとランニング・パンツに注目していたのだ。1kmを約3分(男子)で走るトップ選手が使うウェアやシューズを、1km約5分が精一杯のランナー(筆者のことである。フルマラソンは10回以上完走している)が参考にしてどうなるの? と、こんな声も聞こえてきそうだが、苦しい時の道具頼み? いや、少しでも記録を伸ばしたいと願う熱意からだと理解していただければ嬉しいところだ。
まずシューズ──。2018年の東京マラソンで16年ぶりに日本新記録を樹立し、1億円の賞金を獲得した設楽悠太選手が履いていたのが厚底シューズだ(ナイキ『ズーム ヴェイパーフライ 4%』)。従来、ジョギング程度のランナーには厚底、トップランナーには薄底が常識とされてきたが、2時間切りを目標に開発されてきたメーカーの新技術を試し、いちはやく国内レースで16年ぶりに日本記録の結果を出したのが設楽選手だった。
以後、このシューズの派手なオレンジっぽい色が、レースのトップ集団でやたらに目立つようになってきた。2019年の秋、シカゴマラソンで大迫傑選手が設楽選手の打ち立てた日本新記録を更新するが、彼も同じ厚底シューズだった。実業団、大学にも厚底選手が増えているようだ。
はてさて、私も使ってみようかな? 大迫選手が使っているシューズは国内でもどんどん使われるようになっているが、彼が履いている機能性のハーフ・タイツも大いに気になっていた。日本新記録を更新したシカゴマラソンでも、今回の東京マラソンでも彼はハーフ・タイツを着用している。
ところが国内トップ選手のなかでは、ハーフ・タイツを使っている選手はまだまだ少ない。手袋やアーム・ウォーマーを着用する選手は増えているが、ハーフ・タイツを着用する選手が増えているようには感じられないのだ。腿まわりのゆったりした昔ながらの“ランパン”が、今も国内では主流である。
日本新記録の更新も期待された東京マラソンでは、大迫選手は残念ながら途中棄権し、現在はアメリカの練習拠点に戻って9月15日におこなわれるマラソングランドチャンピオンシップに向けた調整を続けている。渡米直前、シューズやウェアについての考え方を尋ねた。
「選手個人としてのパフォーマンス作り、コンディション作りを大切にすることが1番で、ウェアやシューズも含め、いい意味で物事にこだわり過ぎるタイプでは、自分自身ありません。使っているシューズや練習で使っているウェアはすべて市販のものです。ただ、せっかくNIKEと契約させていただいているので、最新のイノベーションを採り入れたシューズやウェアを試す機会に恵まれていると思っています。このシューズに関しては、履いた感覚も薄底のものとは違っていて、レースで着用する効果も感じられますね」
一方、ハーフ・タイツについては、「コンプレッション・タイツは日々の練習でも使っています。ランニング・パンツはすそが風を受けてひらひらして抵抗を受けるので、現在はハーフ・タイツを履いて走ることが自然になっています。」
ほかの選手が着用しない理由については「ぼくもわかりません。ただ、今後は増えるように思います。次の(2020年)箱根駅伝などのレースでも多くの選手が着用するのではないでしょうか」と、述べた。
NIKEは、フルマラソンで2時間切りを目指したBreaking2プロジェクトのためにシューズやウェアなどの研究・開発をし、そのイノベーションは日々進化している。また、ほかのスポーツ用品メーカーもさまざまなアプローチで2時間切りにつながる製品づくりを目指しているという。かつてスイム・スーツの開発が激化して規制されたこともあったが、シューズとウェアの開発が、トップ選手の記録向上のためだけではなく、広く市民ランナーの楽しみにも繋がることを願いたい。
PROFILE
勝尾 聡
かつお さとし・昭和29年大阪府生まれ。東京大学入学。4年間、運動会ボート部で過ごす。文学部国史学科卒。卒業後、㈱文藝春秋に入社。「ナンバー」創刊に携わる。「オール讀物」編集長、社長室長、監査役などを経て、現在は(公社)日本ボート協会・参与など。