コロナが露呈した「決断したくない。責任を負いたくない」という日本の病

中村氏と豊田氏。

医学者の中村祐輔さん(左)と、ジュネーブ国際機関日本政府代表部勤務時代にWHOと新型インフルエンザ対応を担った元厚労省官僚の豊田真由子さん。

撮影:伊藤圭

この1年余り、国や自治体のコロナ対策の舵取りは迷走してきた。その根底には何があるのか。

ノーベル賞受賞が有力視される研究者に贈られる「クラリベイト・アナリティクス引用栄誉賞」を2020年に受賞した医学者の中村祐輔さん、ジュネーブ国際機関日本政府代表部勤務時代にWHOと新型インフルエンザ対応を担った元厚労省官僚の豊田真由子さんに聞いた。(後編)

※前編はこちら

欧米でワクチンが早かった切実な理由

中村私はこのまま第4波、第5波がくれば日本の経済は立ち直れないと思う。休業補償に使うお金は何兆円では済まなくなってきますし。特に今考えないといけないのは変異株の問題で、この感染力を考えても、やはり今徹底的な検査は必須だと思うんです。

今、全自動の機械1台で一晩で1万人の検査が可能です。1人の検査費用が1000円だと考えると……。1億人の検査に1000億円。1人10回やっても1兆円。1兆円でとことん見つけて徹底的に隔離するということをやろうと思えばできると思うんです。

ただ実際に現場に広げようとすると、やはりリーダーシップが必要です。

豊田:最近、「何か積極的に対策を講じても、うまくいかなかったら責められる。予測を出して外れたら非難される。だから、自分は決断したくない。責任を負いたくない」という風潮が強いように感じます。

繰り返しになりますが、新興感染症対応は、「適時にベストな対策」というのは、世界的なリーダーでも科学者でも、実際かなり難しい。それを皆、なんとか試行錯誤しながらやっている。それに対して、メディアも国民も過剰に批判をする傾向があると、萎縮が起こってしまう。

それと、専門家を批判の矢面に立たせるような状況も見受けられますが、専門家は専門的見地からのアドバイスをしてくれているのであって、それを正しく理解し判断して政策を実行し、結果に対して責任を取るのは、国民の負託を受けた政治の仕事のはずです。

それが、政治に強大な権限が付与されている理由です。

──リスクをどう捉えるか、最悪の事態をシミュレーションして備えるというようなことが、日本人は苦手なのでしょうか。

中村:悪いことは想定したくないんです。太平洋戦争も「勝てるかもしれない」と思っていたわけで。

どうして欧米でワクチンが早くできたのかというと。1つはテロ対策です。バイオテロという事態が常に念頭にあって、メッセンジャーRNAワクチンの開発はその対策の一つとして進めていたんです

japanvaccine

日本では4月12日から高齢者へのワクチン接種が始まったが、優先的に受ける予定だった医療関係者の接種もまだままならない。

Pool / Getty Images

豊田:アメリカのDARPAという軍の研究所では、2013年ごろにすでにメッセンジャーRNAワクチンの開発に数千億単位で投資していました。歴史的にも軍というのは、戦争で他地域に行ったときに、現地の感染症に罹ると免疫がないために非常に多くの犠牲者が出る。だから「感染症への備えのひとつとしてのワクチン開発」は、国防の観点からも極めて重要視され対応されてきているのです。

今回、台湾・イスラエル・韓国などがコロナ対策で評価されてますが、それぞれ対中国、対中東、対北朝鮮と戦時体制にあることも大きい。だから多少強権的であっても、プライバシー侵害があっても、国民に対する国家の統制が効く。コロナ対策やワクチンには、それぞれの国家(地域)と国民の危機意識の大きさが如実に表れているわけです。

ノーベル賞受賞者の先生方も懸念されていますが、科学技術立国と言われてきた日本が、今では研究費の規模や配分が十分でなく、将来の見通しが暗いと言われています。そこにも危機感の薄さが反映されていると思います。

先端的な研究を評価するシステムもない

中村:先端的なものに対する評価システムがないことも問題です。評価が大ざっぱでエモーショナル。さらに評価した人が責任を取らない。言いっぱなしなんです。

私の研究も最近、内閣府の評価を受けましたが、SNSの書き込みと同じような程度です。

豊田:立派な評価者もたくさんいらっしゃるとは思いますが……。科学技術の分野で、先進的な取り組みの価値を、早い段階で正確に理解することの難しさは、世界中どこでも抱えている問題だと思います。

短期ですぐ成果の出そうなものだけではなく、国は中長期的な視点に立って、多様な基礎研究を幅広く支える運営費交付金や科研費の確保や、博士課程の研究者の育成支援を行わないと、日本の科学技術の未来は危ういというのは、本当にそうだと思います。

厚生労働省

撮影:今村拓馬

──評価が難しい先端分野、中長期的な視野で科学技術への投資ができないのは、行政の中に専門家がいないからですか?

中村:ほとんどいないですね。

豊田:日本にはリボルビングドア(人材が、官公庁、大学、民間などを活発に行き来できる流動性)がないことも大きいと思います。欧米だと、有用な人材がアカデミアと行政、民間企業を自在に動いて、能力や経験を発揮しています。

それは本来、その個人だけでなく、組織や国家にも極めて有意義なはずですが、一方日本は、国外に出ていったら、基本戻ってこない。日本ではグローバルな経験を評価する風土が乏しいし、雇用の流動性も低い。パブリックヘルスの分野でも、グローバルに活躍する方は、残念ながら、戻ってこない。

グローバルな視点を共有することが必要

──今回のコロナ政策の失敗から日本は何を学べばいいのでしょうか。例えば、科学をどう政策に反映させて行くのか、医療政策では何を優先するのか、医療ビッグデータに対してどう国民の理解を得ていけばいいのかなど、多くの課題は見えてきたわけですが。

豊田氏2

撮影:伊藤圭

豊田:例えばデジタル化することで、具体的にどういうことが実現するか、国民にどれくらいのメリットがあるか、逆に、アナログな現状でどれだけマイナスが生じているか、ということをしっかり説明して、理解してもらう。ビックデータもワクチンについても、「“ゼロリスク”を求め、それに確証が得られなければ、やらない」ということが、ずっと続いてきてしまっているのが、日本の現状です

真にグローバルな視点を共有することも必要です。航空網が発達した現代では、ウイルスは瞬く間に世界に広がりますから、先進国だけでワクチン接種が進んでも、問題は解決しません。世界全体で収束させるために途上国支援とセットで考えなくてはいけませんが、そうしたことへの理解は進みません。

ワクチンが国際社会秩序に影響を与えていることも問題です。2021年3月末までに、中国は1億1400万回分のワクチンを輸出、寄付相手国は約40カ国。インドが6160万回分、EUが5640万回分、一方で製造国の米英は、ほとんど輸出をしていません(英調査会社Airfinity)。

日本は「真に仲間とは思ってもらえていない」

菅首相とバイデン大統領

日米首脳会談で訪米した菅首相。ファイザートップとワクチン確保に関して直接交渉したというが……。

Reuters/Tom Brenner

豊田:香港や新疆ウイグル自治区での苛烈な人権侵害に対し、米欧がいくら中国を非難し同調を求めても、中国からワクチンやマスク・医師派遣等を受けた国々の「この危機下で、中国は我々の命と生活を助けてくれた。米欧が我々のために一体何をしてくれたというのだ?」という声に、米欧日はどう答えようがあるでしょうか?

ワクチンを製造していない国は、EU・欧州のような枠組みの中で「仲間」から入手するか、ロシア・中国・インド等から入手するしかないわけですが、残念なことに日本は、欧米諸国から「真に仲間とは思ってもらえていない」ことが露呈しました。

イスラエルのネタニヤフ首相はファイザーCEOと直接交渉して、通常の2倍で買って一気に国民に打つ代わり副反応も含めてファイザーに緻密なデータを報告しました。

高値で買うことは全く望ましい方法だとは思いませんが、少なくともこうした利害関係を一致させるか、「仲間みんなで命を守ろう」という方向で動くしかない。日本はどちらもできていません。

中村氏2

中村さんは指摘する。「日本は欧米より感染者数や死者が少なかったので、なんとなく『欧米よりまし』という空気が支配していて、真剣にデータに向き合っていない」。

撮影:伊藤圭

中村:戦略はそんなに難しくないと思うのです。いろいろな技術が開発されているので、ワクチンや抗体薬を作るのは、ある意味ルーティン作業で、あとはどれだけ国が支援するかです。

例えば日本にはアビガンやイベルメクチンという薬があったのに、それを評価するシステムさえない。イベルメクチンはユタ大学で治験を始めたのでずっとデータを見ているのですが、アメリカ50州の中でユタ州の致死率がダントツに低いんです。そういうデータを評価するのであれば、日本は積極的に使えばいい。日本発の薬なのだから。

日本は欧米より感染者数や死者が少なかったので、どこかなんとなく「欧米よりまし」という空気が支配していて、真剣にいろんなデータに向き合ってないんですね

豊田:新型コロナの当初、「日本はG7で感染者が極端に少ない」「日本モデル」といった話が出た時には、大きな違和感がありました。

欧米に比して、アジア・太平洋地域の国々は、総じて感染者は少なかった。全然「日本だけ」じゃないし「日本が優れている」わけでもないのに、なぜそういう話になるのか。なんであれ、まず自己の状況を、客観的に正当に評価することからしか、課題解決は始まらないですよね

子の時代、孫の時代にベネフィットを

中村:私が未来の医療のために患者さんから提供してもらったDNAや血清などを保管するバイオバンク・ジャパンの仕事をした時に、医療機関から聞かれるんですよ。「ここに参加してもらった人に何かメリットがあるんですか?」と。

その時正直に、「患者さん自身には何のベネフィットもないかもしれませんが、いろいろな情報を集めたら、あなたの子どもさん、お孫さんにベネフィットがある」と言ってきました。反対する人もいましたが、丁寧に説明すると、年配の方たちは「子どもや孫に役に立てれば」と協力してくださった。

何のために、という丁寧な説明こそ大事なのだと思います。

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将来の世代のために、と政策の意図を丁寧に説明することが必要だと中村さん。

Getty Images/Atsushi Yamada

豊田:政策の場で新しいことをやろうと思うと、いろいろなところで理解してもらうことが大事です。たとえ世論の反対があっても、真に必要なこと・国民のためになることであれば、しっかりと説明をした上で、責任を持って実現する。耳障りの良いことばかり言って、国民におもねるポピュリズム政治は、決して国を救いません。

そして国民は“お客様”ではなく、この国の現在と未来に責任を持ち、ともに力を合わせる同志だと、私は思っています。

中村:例えば不整脈、心房細動は70歳を超えると20人から30人に1人起き、脳梗塞に発展します。脈拍さえ測れる装置を付けてリアルタイムで情報を送って判定できれば脳梗塞にならないような準備もできます。準備ができますが、情報を握られたくないですか、という話なんです。

今の技術を駆使して、より健康により長生きできるシステムをどう理解を得ながら進めていくか。それには革命的に医療システムを変えるぐらいの覚悟と、「あなたにとって良い医療を提供するためには、皆さんと比較するために大きなデータがいるんです」と分かってもらうしかない。

そのことをもっとオープンに議論して、最終的には行政や政治が判断するのですが、そのプロセスを作っていくことが大切です。

最新の正確な情報を基に、正しく恐れる

豊田:新型コロナのような新興感染症の発生は、全く「想定外」ではなかったし、新たなウイルスは、これからも繰り返し出現します。危機管理の要諦は「最悪の事態を想定して、前向きに備える。最新の正確な情報を基に、正しく恐れる」だと思っています。

今回の第4波もそうですが、「来るはずのないものが来た。どうしよう。」ではなく、「当然に予想されるものに対して、知見とこれまでの経験を皆で総動員して、できるだけ抑える。」という心構えが、有用ではないかと思います

ワクチン接種が進めば、確実に感染は抑えられます。終わりの見えない不安があるかと思いますが、歴史を見ても、パンデミックは必ず終わります。

中村:現実は変わるんです。情報が増えれば増えるほど変わってくるし。変異株の問題もイギリスがちゃんとウイルスのゲノムを解析していたから、発見できたことなんです。日本はそれさえやっていなかった。

一番最初に戻ると、やはり科学が必要です。

感染症対策は科学に基づいたビッグデータをもとに答えを出していく情報が変われば対策も変わると思うのですけれども、今のところそういう議論が全く見えてこないことは、なんとか変えていくべきだと思います

(聞き手・文、浜田敬子

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