アングル:緊縮策のギリシャで「移民危機」、社会不満のはけ口に

アングル:緊縮策のギリシャで「移民危機」、社会不満のはけ口に
12月6日、不法移民の問題には長年悩まされてきたギリシャだが、ここ数年で深刻な景気後退に突入し、移民問題は「危機」へと変わった。写真は、ギリシャ国旗を持った集団に襲われ、背中に「十字」の傷が刻まれたスーダン人移民のハッサン・メッキさん。5日撮影(2012年 ロイター/Yannis Behrakis)
[サラミナ(ギリシャ) 6日 ロイター] エジプトからギリシャに渡ってきた移民のワリード・タレブさん(29)は、未払いだった賃金を請求したばかりに高い代償を支払うことになった。働いていた店の経営者から18時間にわたって暴行を受け、拘置所に入れられた上、ギリシャからの強制退去を言い渡されたのだった。
正式な書類を持たない移民が、闇労働市場に数十万人いると言われているギリシャ。同国南東部サラミナ島のパン屋で働いていたタレブさんが店の主人の怒りを買ったことは、ギリシャ経済危機をめぐる犠牲者の中で移民が最も弱い立場に置かれていることを示す象徴的な事件となった。
タレブさんによれば、パン屋の経営者ら3人に押さえられて首にチェーンを巻かれ、馬小屋で意識がもうろうとするまで殴られたという。イスラム教徒であるのに無理矢理ビールを飲まされ、椅子の上で身動きが出来ない状態で暴行を繰り返され、死も覚悟したと話す。18時間経って何とか逃げ出したタレブさんだったが、悪夢はそこで終わらなかった。
病院で治療を受けていたところ警察が来て、ギリシャで生活するための書類が不足しているとしてタレブさんを連行した。当時は食べることもできないほど衰弱した状態で、痛みでほとんど歩けないと訴えても容赦はなかったという。「問題は私が書類を持っていなかったことではなく、私が暴行を受けたということだったはずなのに」と語る。
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は、タレブさんのケースは移民が直面する「著しい残虐性」の氷山の一角だと指摘。エジプトの大使館からも抗議が寄せられた結果、ギリシャの公安相は4日、「人道的理由」でタレブさんの強制送還を見送る方針を発表した。
<なぜ自分だけ>
タレブさんは4日間にわたって身柄を拘束された際、30日以内にギリシャを出国するよう通達を受けた。一方、店の経営者は3日後に釈放された。
警察によると、店の経営者は暴行は認めたものの、タレブさんが1万3000ユーロ(約140万円)を盗もうとしたと主張している。
タレブさんが拘置所にいる間に知人に電話で聞いたところ、暴行を加えた人間はすでに全員拘置所から出ており、自分だけが拘束されていることが分かったという。
ギリシャの「世界の医療団」によると、同国では人種差別的な攻撃に関して有罪判決が下ることはほとんどなく、移民が攻撃の対象になりやすいという現状がある。
一方で警察は、病院で治療中だったタレブさんを連行したことについて、医師から許可を得た行為だと話しており、法律では不法移民を拘束することになっていると主張している。
<背中の十字傷>
スーダン人移民のハッサン・メッキさん(32)は今年8月、友人とアテネ市内を歩いていたところ、ギリシャ国旗を持ってバイクに乗った黒シャツ姿の男たちに突然襲われた。頭部を強打して気を失ったメッキさんは、気が付くと血だらけで、背中には「十字」の傷が刻まれていた。
メッキさんは「正式な書類がないから、助けも求められない。私の命は今も危機にさらされている」と怯えた様子で語った。
支持率を伸ばすギリシャの極右政党「黄金の夜明け」は、全ての移民を国内から排斥する方針を打ち出しており、同政党は人種差別的な襲撃との関連も疑われている。
しかし、UNHCRによると、こうした襲撃事件の多くは被害者たちが強制送還を恐れて警察に行かないため、表沙汰になることはめったにない。
<ギリシャの「移民危機」>
ギリシャはアジアやアフリカからの移民にとって、欧州へ渡る際の主要な玄関口となっている。不法移民の問題には長年悩まされてきたギリシャだが、ここ数年で深刻な景気後退に突入し、移民問題は「危機」へと変わった。失業率は25%を超え、犯罪率上昇の背景にあるという理由で移民への風当たりは強くなっている。
今年に入ってギリシャは国境警備を強化したが、成果はほとんど上がっていない。1─10月に逮捕した不法移民の数は7万人強だが、昨年の同じ時期は約8万2000人で、若干減少したにとどまっている。
またUNHCRや人権団体などによると、ギリシャでは緊縮策の影響で拘置所の設備が乏しく、食料不足などの厳しい現状もある。
ギリシャ当局者は、この問題の原因がいわゆる「ダブリンII規則」にあると指摘する。この協定では難民の責任は入国された国が持つと定めており、欧州の玄関口にあたるギリシャには負担がかかるという論理だ。
ギリシャ政府はこの協定の撤廃を再三求めており、UNHCRからも、欧州は移民問題でギリシャを支援する必要があるとの声が上がっている。
それでも、人権団体「ヘレニック・リーグ・フォー・ヒューマン・ライツ」のディミトリス・クリストポロス氏は、ギリシャは移民政策の失敗を欧州のせいにするべきではないと話す。協定は廃止されるべきだが、「ギリシャ政府は実際にはこの問題について何もしていない」という。
その代わりに、サマラス首相率いる新民主主義党(ND)は、支持率を伸ばす「黄金の夜明け」に有権者を取られることを恐れ、警察による不法移民の取り締まりを強化する措置などを取ってきた。また同首相は、移民を親に持つ子が国籍を簡単に取得できるようにする法律の廃止も検討しており、NDが右傾化してきたとみる専門家もいる。
タレブさんが暴行を受けたサラミナ島では、移民に対するギリシャ人の態度がはっきりと分かれている。「卑劣な行為だ」と話す50歳の男性は、この事件がギリシャの社会的分裂を示していると指摘。「ギリシャ人の中には、債務危機に襲われたのは不法移民たちのせいだと考える人もいる」と話した。
その一方で、こんな意見を口にする人もいた。「彼はひどく殴られたんだってね。それが本当なら良かった。殴られて当然だ」。
(原文執筆:Renee Maltezou記者、Deepa Babington記者、翻訳:梅川崇、編集:宮井伸明)

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