ウォークマン1号機「TPS-L2」。「プレスマン」という既存機種をベースに、わずか4カ月で開発された。
40年前の1979年7月1日、ウォークマン1号機「TPS-L2」が発売された。当時、価格は3万3000円。時代が流れ、記録メディアをカセットテープからCD、MD、シリコン媒体へと変化させ派生モデルもつくりながら、その名前は現代まで受け継がれてきた。
出典:ソニー
ウォークマンという商品が企画された経緯は、物語にあふれている。そもそも、ソニーの商品計画には存在しなかったのだから。
ソニーの技術者が当時のポータブルカセットレコーダー「プレスマン」を改造して遊んでいたものが経営陣の目に留まった、というエピソードからしても、伝説的だ(この経緯には諸説がある)。
銀座のソニーパークでは7月1日から31日までの期間、40周年を記念して歴代のウォークマン約230台を集めた「Walkman Wall」など、大規模な展示も行われる予定だ。
今でこそあまりにも有名なウォークマンだが、1号機の時代に、実は名前が「ウォークマン」も含めて4つあったという話は、興味深いエピソードの1つだ。
ソニーパークの展示期間中にはカセットテープデザインの記念ブックレットも限定数配布される。
出典:ソニー
国内外で、まったく違う4つの名前はなぜ生まれた?
ソニー公式サイトの「歴史」ページに掲載された写真。StowawayやSoundaboutの名称がパッケージに印刷されていることが確認できる。
出典:ソニー
なぜ4つも名前(ペットネーム)ができたのか? これは1号機の世界展開と関係している。
そもそも「WALKMAN」という言葉は、英語圏では通じない、完全な和製英語だ。
ウォークマンの立役者として有名な故・黒木靖夫氏の著書『ウォークマンかく戦えり』によると、社内から100以上の名称候補が上がり、黒木氏は最初「ウォーキー(WALKIE)」という名前を考えていたという。
しかし、東芝がすでにこの名称を登録していたため、「WALKMAN」になった。
盛田昭夫会長(当時)はこの名称に対して「アメリカ人は、あれは英語じゃないと笑ってるぞ」「なぜWALKING MANにしなかったんだ」と言ったと、同書には書かれている(WALKING MANではゴロが悪い、というのが黒木氏の回答だった)。
こういう経緯で、意図的に和製英語として名づけられたため、海外で発売する際に名称が問題になった。
出典:ソニー
当然、ソニー・アメリカは、英語的に違和感のない名前で発売しようとした。選ばれた名前が「サウンダバウト(Soundabout)」だった。
しかし、イギリスではこの名称が別の商品で使われていたため、「ストワウェイ(Stowaway、密航者)」を採用することになった。
さらにややこしいことに、スウェーデンのソニーは別の名前「フリースタイル(Freestyle)」と名づけた。これらとウォークマンを合わせた異なる4つの名前で、TPS-L2は実際に各国で販売された。
今からすれば、あの有名な「WALKMAN」以外の名前を付けるなんて考えられないが、当時はどの程度ヒットするかもわからない初モノ商品。市場の立ち上げだったため、各国ソニーがよいと思う「売れそうな名前」を採用したわけだ。
盛田昭夫氏の鶴の一声で全世界「WALKMAN」統一に
Walkman Wallの展示イメージ。
出典:ソニー
『ウォークマンかく戦えり』によると、1号機ウォークマン発売から10カ月後の1980年4月、盛田会長が「今後、世界中すべて『WALKMAN』という名前に統一する」と宣言したことで、ややこしい「4つの名前」は終結することになった。
同書によると、実際に販売する商品の名称が統合されたのは、1981年の春。発売中の商品の名称変更はソニー始まって以来初の事態で、アメリカでは、「Soundabout is now WALKMAN」と書いた“襲名披露広告”までつくられた。
黒木氏の著書『ウォークマンかく戦えり』。ウォークマンの誕生エピソードをはじめ、ソニーのさまざまな商品企画の背景をまとめた貴重な書籍。単行本の初版は1987年。
なかでもウォークマンに関しては合計2章が割り当てられている。左の写真が襲名披露広告。
ウォークマン1号機は、その後発売から2年で150万台を販売。1981年2月に発売した完全新設計の2号機「WM-2」は9カ月で100万台を出荷するという、大ヒット商品になった。
1号機の好調を受け、新設計で登場した2号機「WM-2」。
出典:ソニー
なお、カセットのウォークマンの国内販売は、2010年10月22日まで出荷され続けた。2010年当時で、累計出荷台数は2億台超。
まさに、世界に愛された音楽プレーヤーだった。
参考文献:
『ウォークマンかく戦えり』(『ウォークマン流企画術』から改題)著・黒木靖夫
(文、写真・伊藤有)