『交響詩篇エウレカセブン』のキャラクターデザインを務めた吉田健一さん

今年で誕生から100周年を迎えた日本のアニメ――。日本が世界に誇る一大コンテンツのメモリアルイヤーに、週プレNEWSでは旬のアニメ業界人たちへのインタビューを通して、その未来を探るシリーズ『101年目への扉』をお届けする。

第3回目は、アニメーターの吉田健一さん。20歳でスタジオジブリに入社し、『耳をすませば』や『もののけ姫』のアニメーターを経験した後に独立。『交響詩篇エウレカセブン』や『ガンダム Gのレコンギスタ』など話題作のキャラクターデザインを担当した。

そんな吉田氏の代表作ともいえる『交響詩篇エウレカセブン』(2005年~2006年)が、TVシリーズの放映から10年以上の時を経て、新劇場版『交響詩篇エウレカセブンハイエボリューション』3部作として蘇る。

その第1部が9月16日に公開され話題となる中、10年ぶりのリブートへの思いからキャラクターデザインという仕事の本質、さらにはご自身のキャリアについて伺った、インタビュー後編!

■「アニメはこんなこともできるんだ!」

前編では10年前にどういう思いで『エウレカ』を手掛けたのかお話いただきました。今回は少し時代をさかのぼって、ご自身のキャリアについても伺えればと。若い頃の吉田さんは、どういったアニメーターを目指していたのでしょうか?

吉田 それこそスタジオジブリに入ったのは、宮﨑(駿)さんみたいな質量を持った絵を描きたいと思っていたからです。当時のジブリは『おもひでぽろぽろ』っていう普通じゃないアニメをやっていた頃でした。

―都会で働くOLの主人公が、里帰りの過程で子どもの頃の記憶を蘇らせていく内容ですね。

吉田 「なぜこれをアニメに?」という原作で、でもよく考えると過去の曖昧な記憶と現在という“リアル”を交錯させるところはアニメじゃないとできない表現があったりする不思議な作品でした。当時のジブリはお芝居のリアリティを追求するってこともやっていたんですが、そこで見た作業が僕には衝撃的で。ライブアクションを取り入れているところがないのに、キャラクターの生々しい動きが表現できていたんです。

僕は作業を間近で見ていたからわかるんですが、参考にしているものはあるんですけど、演技そのものはあくまでアニメーターの技術で表現されている。昔の自分にニヤけながらベッドの上で枕を投げるシーンとか「すげえ! アニメはこんなこともできるんだ」って、ただただ驚きでした。

―俳優の演技と遜色ない表現を、しかもアニメならではのやり方で実現していたと。

吉田 それが当時のアニメーターのテーマだったんです。リアリティの方向性を探るというか…。その少し前に大友克洋さんが『AKIRA』を作って、同じ時期に『火垂るの墓』があって…そのとば口は開いたと思うんです…。アニメーターはその作品群を“作って”、“観て”、「これがリアルってことなのか?」と思ったんですよ。そこで「もうちょっと何か方法があるだろう。もうすこし深めよう」ってなったのが90年代だったんです。そのトレンドを最初は僕も追いかけたいと思っていました。

―思っていた、というと?

吉田 ひとりだったらそっちの道を追求していたと思うんですが、ライバルに強烈な人が登場してしまって。安藤(雅司)さんなんですけど、彼はジブリで僕と同期だったんです。

―安藤さんといえば、26歳の若さで『もののけ姫』の作画監督に抜擢された方ですよね。最近も『君の名は。』で作画監督を務められています。

吉田 彼はもう、信じられないくらい絵がうまくて。かなり鼻を折られました。そこからは最新トレンドを追うどころではなくなったんです。

―というと?

吉田 基礎を鍛え直さなきゃって。でも今はその頃に鍛えられた基礎体力で仕事をしている感じがあるので、確実に自分のためになったとは思っています。

うまいにもいろいろあるんだ!

■ジブリで出会った最強のライバル

―安藤さんのどういうところが衝撃的だったんですか?

吉田 人に説明するのは難しいな…。歴然とした差を感じた。それくらい絵がうまかったんですよ。

―いや、僕らから見たら吉田さんだってとんでもなく絵がうまいですから!

吉田 安藤さんは僕よりも簡単に描きますね。座っている人を描くとして、僕の4分の1くらいの時間で描きます。しかも、その絵の雰囲気がいいんですよ。こっちは一生懸命に描いてやっと座ってるというポーズなのに、安藤さんは仕草になっている。デッサン力としての精度も高い。

―それを見せつけられるのはツラいですね…。

吉田 さらっと描けばいいんじゃないかと思ってスピードをとにかく上げようとしたこともありますよ。でも、そうしたら精度が伴わなかった(笑)。ただ、わかってくることもあって…。例えば、話を聞いている人のたたずまいを描く時にそのままひき写して描くより、なんとなく見た印象を頭に残しておいて、それを一気に紙に描くのがいいんですよ。

絵を描くっていうのは、精度よりも印象を捕まえる作業が先なんだってことが、この時よくわかりました。それが「ぽいな」って絵になり、「ぽいな」って動きになっていく。実際の動きとは違うんだけど、こうやるとああいうふうに見えるよって技術がアニメにはたくさんあるんです。それをやっていると絵としての精度も見えてくる。ジブリではそこを学びましたね。

■自分にとっての「デザインの先生」

―そこからジブリを独立されたわけですが、自分の作風というものを確立できたと思ったのはいつ頃でしたか?

吉田 転機という意味では『OVERMANキングゲイナー』(2002年~2003年)ですね。これは初めてキャラクターデザインをやらせてもらった作品であり、僕以外のデザイナーさんと膝を突き合わせて描くってことを初めてやった作品でもあるんです。そこで結構、衝撃を受けました。

―何に驚いたんですか?

吉田 アニメの世界で「オレよりもうまい人がいるぞ!」っていう思いで10年やってきたけど、今度は「うまいにもいろいろあるんだ!」と知ったんです。ひとつの流儀だけを見ていたところから、世の中の絵描きにはいろんな流儀があって、それぞれに達人がいるんだとわかった作品でしたね。

―『キングゲイナー』で一緒にデザインを担当された方ですと安田朗さんや中村嘉宏さん、西村キヌさんですか?

吉田 そうです。特に僕は安田さんに衝撃を受けましたね。勝手に自分のデザインの先生だと思っています。

『交響詩篇エウレカセブン』TVシリーズの頃の設定画。エウレカの表情が細かく描き分けられている

あらためて『エウレカ』と向き合って

『交響詩篇エウレカセブン ハイエボリューション1』のため新たに描き起こされた設定画。服や装飾品はもちろん、靴のソールにいたるまで細かくデザインされている

■デザインは絵描きが物語に参加するための手段

安田さんから学んだこととは?

吉田 方法論もありますけど、一番影響を受けたのは、デザイナーっていうのはこんなにもいろんなことを考えているのかっていう重層的な考え方の部分ですね。アニメーターだった頃はアニメは動きこそ命であって、デザインは簡単で描きやすいものであればいいと思っていたんですよ。

でも安田さんからいろんな話を聞くことで、デザイナーがいかにいろんなことを考えてキャラクターを創っているのかと知ることができました。実際に自分が好きだったアニメのキャラクターを思い浮かべてみると、確かによく考えられているんです。それからは過去観てきた作品を総ざらいしました。もう次々と新しい発見があって、面白くて仕方がなかったですね。ああ…ここにもデザインがあるじゃないか、と。

―吉田さんのキャラクターデザインにまつわるお話を聞いていると、視点がアニメーターというより、かなり演出家に近いですよね。

吉田 アニメーターが自分のイメージを作品に定着させたいと思う時は、演出家になることが多いと思います。僕もよく「やんないの?」と聞かれますしね。でも脳みそが致命的に演出に向いていなくて、絵コンテ用紙を前にすると頭が真っ白になっちゃうんですよ。

でも物語には参加したいじゃないですか。その時にキャラクターデザインをやることで、シーンを担当するだけじゃなく、物語づくりそのものにも入っていく。それだったらオレにもできるぞってやってきました。TVシリーズのエウレカの時には『物語もデザインだ!』と考えて、途中からシナリオ会議にも出て、その場でイメージをホワイトボードに描いたりしていました。

―それだけ作品の根幹の部分に深く関わってきたからこそ、『エウレカ』では監督、脚本家に並んで吉田さんの名前が大きくクレジットされているんですね。

吉田 ありがたいことです。ただ、自分がやってきて思うのは、絵描きの職分の拡張領域としてキャラクターデザインはあるけど、絵がうまいからってできるものでもない。絵がいくらうまくても、面白いキャラクターを作れるかわからないよっていうのはありますね。…こんな映画の内容と関係ない話で大丈夫ですか?

―全然大丈夫です! これから『エウレカ』の新たなリブートが3部作として始まります。あらためて、今の観客に何を伝えたいと?

吉田 特に今回の1部はTVのフィルムも多く使われていますから、そういう大きな意気込みというよりも、(作品との)個人的な会話になってしまった部分が大きいですね。昔の自分はこんなだったなあっていう。あの時は「オレがオレが」っていう本当にひどい人だったので(笑)。

―作品づくりという仕事に対してギラギラしていたんですね(笑)。

吉田 そうそう、ギラギラって言ったほうがいいですね(笑)。当時は「今、オレがこの仕事を世の中に出す事に意味があるんだ!」と意気込んでいたけど、そういうギラギラは失われているよね。そこはよくわかりました。

―そういったことを思い出せたことは、ご自身にとっていいことでしたか?

吉田 いいことだと思います。当時できていたことができないっていうのはマズいじゃないですか。だから、もっとギラギラと描かなきゃって思わされましたよね。「昔のオレはすごかったんだぞ」じゃない。これからももっと上手になりたいし、そのためにはもっと描かなきゃいけない。あらためて『エウレカ』と向き合って、そう思っています。

(取材・文/小山田裕哉 撮影/五十嵐和博)

■吉田健一(よしだ・けんいち)1969年生まれ。アニメーター、イラストレーター。1990年にスタジオジブリ入社後、『おもひでぽろぽろ』や『紅の豚』『もののけ姫』などの制作に参加。独立後は『OVERMANキングゲイナー』で初めてキャラクターデザインを担当、05年の『交響詩篇エウレカセブン』で人気を確立する。14年の『ガンダム Gのレコンギスタ』で再びキャラクターデザイン、作画チーフとして活躍。大きな反響を呼んだ。

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